弁護士事務所の片岡晴彦さん
朝の8時に片岡さんに電話すると、「12時30分に、梶原弁護士の事務所に」ということでした。少し前に着いて応接室で待っていると、約束の時刻に、4人の支援者に囲まれて片岡さんが入ってきました。続いて、梶原弁護士、紫藤弁護士も入ってきました。まず、梶原弁護士が、検察庁に着いてから行動面で注意すべきことを皆に話しました。それから、その場の8人とも刑務所経験がなかったので、梶原弁護士が、刑務所内のことを片岡さんにいろいろアドバイスしました。
出頭時刻の10分ほど前に皆席を立ち、歩いて検察庁に向かいました。歩きながらタバコを吸う片岡さんの表情が、だんだん険しくなっていくのがわかりました。片岡さんの全身に怒りがみなぎっていました。検察庁の前には、報道関係者が20人くらいも来て、カメラを構えて待機していました。高知市内の支援者の顔も10人くらい見かけました。TVカメラも何台か来ていました。警戒厳しい検察庁の敷地は、道路のところからフェンスで封鎖されており、歩道は人であふれていました。
運動靴にラフな服装の片岡さんは、あっという間に、報道陣をかわして、小走りに検察庁庁舎の入り口に向かい、入り口で梶原弁護士と握手を交わし、その姿を消しました。
検察庁へ向かう片岡さんと支援の人たち
梶原弁護士の刑務所アドバイス
刑務所に持ち込めるのは、下着と洗面具だけです。もちろん検査があります。洗面具も物によっては持ち込めません。メモ用紙、読みたい本は、持ち込めます。本は、検閲されるけれども、だいたい問題はありません。ボールペンは、ダメです。鉛筆が、支給されると思います。鉛筆でも、危険のないものしか支給されません。服は、支給されたものしか使えません。
刑務所は、今、混んでるらしいので、独房ではないと思います。刑務所というのは、とにかく、窮屈なんですよ。開放的でないので、姿勢などにうるさいんです。私などは、くつろいで、楽な姿勢でおったらいいと思うんですが、うんと、姿勢のことを言うんです。
面会は、おそらく4時までです。家族でなくてもできますよ。一般面会で行けば、事前に連絡しなくても、順番待ちをすればいいんです。係官が話を聞いているので、激励をしたり、お互いの近況を報告したりということですね。差し入れはできますが、もちろん、内容は見られますよ。
梶原弁護士の言葉
今日は、非常に残念ですね。この事件は、国家権力による冤罪事件であると、確信していますので、今後も真相究明の取り組みをしていきたいと思っています。関係者一同、その腹が決まっていますので、ある意味では、これからが本勝負です。
支援者Aさんの言葉
一審では、絶対勝てると思とったんやけどね。と言うより、勝たないかん裁判やった。日本の裁判は、一審で勝たんとあかんね。二審で覆すのは難しいね。三審となると、もう絶望的や。裁判員制度が、来年から始まるけど、一般の裁判員を指導する裁判官たちがこんな風では、僕ら、裁判員には入りにくいね。
支援者Bさんの言葉
最高裁裁判官の国民審査で不信任を突きつける以外に手はないね。「皆に×をつけよう」じゃなくて、「○か×どちらかをつけましょう」や。何もつけなかったら、○ということになってしまうから、どちらかをつけるように呼びかけましょうや。
支援者Cさんの言葉
いよいよ収監になりましたね。仮に自分のことだったらどんな気持だろうと思います。小倉さんの記事にもあるように、警察や司法の体質を全国に知らしめたという点では大きな意味をもっているとは思いますが、それにしても関係者の方々にとっては大きな代償だろうと思われます。
この前お話した病院を相手取って裁判を起こし、焼身自殺をした方の話も、自殺という代償を払って初めてマスコミの前に出てきた話ではないかと思います。世の中には誰にも相手にされず、権力の横暴に苦しんでいる人や涙をのんでいる人などがまだまだ沢山いるのでしょうね。そのようなニュースを耳にするたび、自分の無力さをとてもはがゆく感じます。
支援者Dさんの言葉
この白バイ事件の裁判はまったくひどいものですね。警察や自衛隊がらみの事件は裁判所が萎縮しているとしか思えない判決が続いています。でも、支援者のこれまでの活動がこれからの事件の歯止めになると思います。警察官をやめた知人に聞いたことがあるのですが、警察組織の互助意識はとても強くて、いったん組織の一員になったら、どんなにしてでも守ってくれるのだそうです。高知白バイ事件が、その例なのだと思います。自民党による一党支配が崩れたら、これまでの警察組織の闇が明らかにされるのかな、と思います。
片岡亜矢さんの言葉
10月23日10時に「支援する会」の方、近所の方、お父さんの友人たち、報道関係の方などたくさんの方々に見送られて、お父さんは、私たちの想像できない場所に出かけて行きました。
この日を迎えるまで、お父さんは私たち家族のこれからの生活を気遣うばかりで、自分の悔しい思いなどほとんど口にすることはありませんでした。最後まで前向きなお父さんでした。私たち家族に心配かけまいとの思いからだったのでしょうか。
お母さんと私は、高知地方検察庁に入っていくお父さんの姿を見送るのは耐えられそうもなかったので、自宅玄関前で見送り、あとは「支援する会」の方々にお願いしました。
やるせない思いでお母さんと時を過ごしていると、「支援する会」の方から13時に「今、元気に手を振って検察庁に入ったよ。」と電話をもらいました。お父さんの気持ちを考え、涙が止まりませんでした。
今まで長い間たくさんの方々に支援していただき、本当にありがとうございました。皆様方のお力がなかったら、私たち家族はここまでこれなかったと思います。1年4ヶ月後、お父さんが元気な姿で帰ってくることを願いながら、私たち家族は力を合わせて待ちたいと思います。また、収監先がわかりましたら、お父さんに会いに行くので、お父さんの様子を報告させていただきます。これからも変わらないご支援よろしくお願いします。
片岡晴彦さんの言葉
昨日は、妻と娘との最後の食事の予定が、突如、長男の同級生が来て、宴会へと変わりました。そして、今朝の新聞配達をいつも通り行い、朝食をとりました。今まで長い間応援してくださいました皆様方ともしばらくのお別れです。体はいたって元気ですので、心配しないでください。それでは行って参ります。
この後姿を残し、片岡さんは検察庁に消えた。
筆者の感想
私は、弁護士事務所で片岡さんに5000円手渡しました。それは、私のJanJan記事にいつも丁寧な感想をくれる女性からのカンパでした。5000円が何でもない人もいるのでしょうが、彼女にとっては、大金だったと思います。私は、「多すぎませんか?」と尋ねました。すると、彼女は「自分がもし片岡さんの立場だったら、どうだろうか、と考えました。」とだけ答えました。
検察庁への道すがら、片岡さんと話す時間が持てました。「ずっと、毎月2万円を送ってくれる人がいるんです。それも匿名で。一人で4000人の自筆署名を集めてくれた若者がいるんです。ありがたいことです。」と話していました。4000名の自筆署名を集めた若者は、検察庁に「見送り」に来ていました。聞くと、片岡さんとは、縁もゆかりもないヤンキー風の若者でした。
私は、「支援する会」の高木会長に、「カンパを呼びかけたJanJan記事に効果は見られましたか?」と尋ねてみました。具体的な金額は聞けませんでしたが、「効果ははっきり出ています。」との答えでした。
私が、「高知白バイ事件」と関わって1年が経ちますが、その間に10本の記事を書いています。これで11本目です。元来、筆不精なのですが、まだ卒業できそうにありません。
※以下の写真はクリックで拡大します。
高知地方検察庁
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裁判に「私」はいらない。
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記者会見に応じる梶原弁護士
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