東京・中野区の「なかのZERO」(生涯学習のための施設)で昨年10月13日、市民集会「断ち切れ!核軍拡競争と大戦の危機 <戦争と貧困強制>に抗する10・13怒りの大集会」(主催:10・13集会実行委員会)が開かれ1,000人余りが参加した。しかし当日、会場の前にはサングラスにマスク姿の数十人の私服公安警察官が、メモ帳片手に単眼鏡などで監視、威圧していた。主催者が事前に威圧や過剰警備をしないよう公式に「文書」で警察に申し入れていたにもかかわらず、当日はそれだけではなかった。こんな事件≠ェ起きていたのだ。
―JR中野駅南口から会場への道に面した喫茶店「ベローチェ」の中のカウンター越しに、ビデオカメラ2台をコートらしきもので隠し、通行人を盗撮している現場を集会参加者が発見し、店内に入って指摘した。すると、公安警察官と思われる3人は、発見者を突き飛ばして脱兎の如く逃げ出した。しかし、その盗撮現場は既に発見者によって写真撮影されていた―。
「経過報告する」矢澤昇治・弁護団長
この官憲の盗撮行為に、集会の呼びかけ発起人でもある森井眞氏(元・明治学院大学学長)ら4人が原告となり、東京都に対し12月3日、1人110万円の賠償と映像やそのコピーなど一切の破棄を求めて東京地裁に国家賠償訴訟を起こし、その初公判が2月23日、地裁民事33部(石井忠雄・裁判長)で開かれた。傍聴者は42席の傍聴席に入りきれず、溢れた。この弁護団には「民主主義を守りたい」と全国から120名が参加している。
現場を押さえられている被告=官憲は、その「事実については争わない」意志を表明している。公判の冒頭、法科大学院でも教鞭を執る矢澤昇治・弁護団長が、戦前、戦中の国家権力や治安維持法、特高警察の弾圧による小林多喜二の虐殺・獄死や横浜事件のデッチアゲなどを挙げ、自由が侵され、人権弾圧から戦争へ突き進み、その反省から出来た新憲法は基本的人権を保障しており、集会の自由は表現の自由に不可欠などと指摘した。
また、原告の森井眞氏は、当時、国民は天皇の赤子とされ、すべて天皇の名の下に自由を奪われた自らの戦争体験を述べ、「今回自分たちの集会が公安警察によって妨害を受けた事実は不問にされてはならず、私たちの集会は何ら暴力的でも危険な集会でもない」と強く訴えた。更に、身体的拘束は誰でも気付くが、精神的拘束・弾圧にも鈍感であってはならない、と指摘した。
「弁護団、原告、共同代表」
閉廷後の16時から隣の弁護士会館で「10・13集会妨害国家賠償請求訴訟・第1回裁判報告会」が開かれ、60人余りが参加した。会場には森井氏を初め、矢澤弁護団長や西澤圭助弁護士、そして、集会の共同代表の池田龍雄(画家)、伊藤成彦(中大名誉教授)、北野弘久(日大名誉教授)、信太正道(戦争屋にだまされない厭戦庶民の会)、崔善愛(ピアニスト)、橋本勝(イラストレーター)の各氏が参加、発言した。また、同じく共同代表の斎藤貴男氏はメッセージを寄せた。
最初に、矢澤弁護団長が「平和と弱者のために基本的人権を守っていく」と決意を語り、続いた森井氏は「法律は人間のためにあり、小さな事でも譲ってはならず、その1穴から堤防は決壊する」と訴え、さらに各共同代表が自らの思いを発言した。また、事務局の西澤弁護士は「既に被告は事実を認めており、今後、その『目的と法的根拠』を追及していくことになる」と、弁護団の方針を説明した。
弁護士会館の「報告会」会場(以上、筆者撮影)
この後、現場を押さえた参加者が、具体的に当時の状況を報告した。報告によると、現場に踏み込んだ途端、彼らは「まさか!」の思いか、数秒間フリーズし、慌てて顔を隠した。そして、慌ててひっくり返したカバンの中身を拾い集め、証言者を突き飛ばし、中野駅方向へ逃げ出した。その間、彼らは一言も発しなかったが、店の人は喧嘩かと思った(弁護士の話)という。
最後に、集会参加者たちが発言した。この事件は、この集会だけの問題ではなく、官憲による人権や集会・表現の自由、民主主義への威圧・弾圧、治安維持法の時代や特高警察の時代を彷彿とさせるもので、断固糾弾しなくてはならないなどと述べていた。
次回公判は4月27日16:15から東京地裁705号法廷で開かれる。
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公安警察の「盗撮」等で市民が国賠訴訟 2008/12/07
これは明らかに威圧・弾圧である。官憲は「過激派を探している」というが、ひと目見れば、公安と分かるような姿で探すことは不自然であり、明らかに威圧と妨害が目的である。現場を押さえられた官憲は「事実は争わない」としているが、法廷では通常の情報収集であり、「合法的で問題ない」と主張するであろう。
ならば、何故「逃げた」のか?。慌てて逃げる必要はあるまい。いま、各地の「防犯カメラ」が犯人逮捕に利用される一方で、Nシステム同様にプライバシーの侵害と権力の悪用の可能性が指摘され反対・批判の声がある。
100歩譲っても監視カメラは原則、設置が公開とされているが、今回の撮影は「盗撮」であり、公務だからと無条件に許される訳はない。それは、報告会の発言にあったように治安維持法や特高警察の再来である。
既に官憲の「電話盗聴」が合法化され、「住基ネット」で国民全ての個人情報が権力により集約管理され、「反戦ビラ」を投函すれば逮捕有罪にされるまでになっている。最高裁判決は「ビラ投函」という目的がハッキリしているにもかかわらず、表現の自由より不法侵入を優先した。この判決は民主主義に反する。そのうえ、この様な権力の「盗撮」が許されるなら、あの暗黒時代への再突入を許すことになりかねない。
この裁判はこの集会のみならず、あらゆる集会や言論・表現の自由の問題であり、多くの人がこの裁判の行方を注視し、果たして裁判所が「良識的判断」を下すか、監視して欲しい。