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数年前、ジェノバに近いノービ リグーレの自宅で45歳の主婦と12歳の男の子が刃物でめった刺しにされ殺された。その場に居合わせながら辛うじて犯人の手を逃れ、逃げ出すことが出来た当時14歳の長女エリカの供述によると、犯人は2人の外国人で、一人は白い髭を生やした100kg以上の巨漢。もう一人は25歳くらいの男性で、彼女は、その男の頭に酒のビンをたたきつけやっとの思いで逃げ出した。との事だった。 この少女の証言後、犯人の確定が出来ていないにも関わらず、イタリアの各報道機関は「犯人は移民。ノービ リグーレで残虐な殺人事件」「アルバニア人による非道な強盗殺人」「またしても移民による犯罪」など、以前起こった強盗事件や強姦事件なども引きあいにし、いかに移民の犯罪が多いかや、アルバニアやルーマニアという特定の民族に焦点をあて、相次ぐ移民犯罪をどう思うか?というような街頭インタビューをも交え、意図的で作為的ともとれる報道が多数を占めた。 が・・・その後の調べで、この事件の犯人は、アルバニア人でも他の移民でもなく、この少女と彼女の2歳年上のボーイフレンドだったことがわかった。主犯の少女は、実母である母親と折り合いが悪く、何ヶ月も前から母親と弟の殺人を計画し、ボーイフレンドに、殺人の手伝いを強要し、また事件後の取り調べの際は最初から「移民の犯行だった」と、供述することまで計画に入れていたという。 <何もかもが移民の犯行:意図的な報道> が、『この移民による犯罪・犯行』が、TVなどで騒ぎ立てられるのは、何もこの事件に限った事ではない。去年から今年にかけて起こった『レイプ』事件や飲酒運転による交通事故の殆どがルーマニア人によるものだと、あちこちの番組はこぞって取り上げ、《ルーマニア人を見たら、レイプ魔だと思え》と洗脳されるような錯覚さえ受ける。 (実際に、バスの中で乗り合わせたルーマニア男性と降りるバス停が同じだった女性が勘違いし、巡回の警察に訴え、罪もないルーマニア人が拘留されたり、また別のケースでは、バス停近くにいたイタリア男性に袋叩きにあったというケースが何件か報告されている) (注:イタリア警視庁の正式な発表では、女性に対する性的虐待はその7割りがイタリア人よるもので、1割弱がルーマニア人。後の2割がその他となっている) <出身地につきまとうイメージ> ルーマニア、ロマ=窃盗、スリ、性的虐待、飲酒運転。 アルバニア=強盗、誘拐、人身売買。 モロッコ、チュニジア=麻薬、密輸。 ナイジェリア=売春。 中国人=密輸、商品のコピー。 このように、ここ数年来、メディアの扇動もあるとは思うが、イタリアでは、特定の民族に対し上記のようなイメージが固定され、何かがおこるたび<移民の犯行>とする図式がいつの間にか出来上がってしまっている。 (メディアの影響も非常に大きいと思う。数年前までは移民犯罪といえばアルバニアでアルバニアパッシングが起こるほどだったが、現在は、アルバニアという国名はなぜか殆ど聞かれず、ルーマニアばかりとなっている・・・) <イタリア人同士の差別> 1968年から1985年にかけて「モストロ ディ フィレンツェ事件」と呼ばれる8件の連続猟奇殺人事件が、フィレンツェ近郊で相次いだ。 この事件の容疑者として何人もの人の名が上げられたが、09年の現在に至っても事件の全貌は解明されていない。その容疑者の中の一人にサルデーニャ島からトスカーナ地方に移住した男性があった。この時、マスコミは過剰に「サルデーニャ出身」ということをクローズアップさせたという。 シチリア=マフィア。 サルデーニャ=誘拐犯。 ナポリ=カモッラ、恐喝。 カラブリアやプーリア=麻薬、窃盗。 と、北の南イタリアに対する差別から、わずか15−20年ほど前まで南イタリア出身者には、こういった形容詞が被せられ、差別や蔑視、偏見視されることが多々あった。いや・・・今でも全てが過去形になっているわけではなく、彼らに対する差別意識が薄らいだ、というのが正しい表現になるだろう。 良人の兄は、30年前 フィレンツェ大学入学のためサルデーニャ島からフィレンツェに来た。(日本で置き換えると、四国の松山市から京都の大学に来たという感覚に近いと思う) まずは部屋探しと、大学にも近く部屋の条件も良さそうな一軒に電話をしてみた。電話に出た中年らしい女性は愛想も良く、応対の雰囲気もまずまずで物件を見るための約束も取り付けた。 「ところであなた、どこの出身?」 「サルデーニャ島のカリアリです」 そう答えた途端、女性の語調が変わり、 「サルデーニャですって?冗談じゃないわ。サルド(サルデーニャ出身の人を指す)に貸す部屋なんてないわよ」と、電話を切られたことがあったという。 「今だから笑って話せるけど・・・」 彼のような体験談は、他の南イタリア出身者からも何度か聞かされたことがある。 <イタリアの地方性> ここで少しだけイタリアの地方性や地方による意識の違いを説明させて頂く。イタリアは、1861年(わずか150年ほど前)サルデーニャ王国によるイタリア統一(リソルジメント)により成立し、サルデーニャ王のヴィットーリオ・エマヌエーレ2世が初代国王となり、第二次世界大戦後、共和国となった国だが、まるで別の国といっていいほどの都市や地方が集まって一つの国を形成しているような感じがある。 それゆえ、現在でも、同じ街か否か、同じ州か否か?というだけでいがみあうというかお互いに張り合う風潮が根強く残っている。 イタリアに住み始めた頃、どこの出身かと尋ねられ、日本と答えると、じれったそうに、日本はわかってる。だから日本のどこなんだ?と重ねて尋ねられ「なぜそんな詳細までが必要なのか?」と逆に尋ね返すと、彼らから返されるのは、「例え、同じ、イタリア人ではあってもカラブリアの出身か?ミラノの出身なのか?では考え方も、物の見方も人種も違う。それゆえ、どこの出身なのかは、重要なことだ」というように、あくまで生まれた土地に重きを置く事に驚いた。 日本人の多くは、東京や大阪ならいざ知らず、地方都市の名前を言ったところでふ〜ん。で終るのだろう。と思っておられるかと思うが、相手によっては、それでは満足せず、食い下がってくる人もいる。 例えばだが、京都に近いよ。で終らせるつもりだったのに、京都に近いのはわかった。で、どこなの?となり、結局、日本の真ん中辺りの滋賀県という場所で、彦根城というお城があって、大きな湖が有名で、場所的にも言葉も、京都に近い。くらいの説明をすると、やっと、ふ〜ん。いいところに生まれたな。となり、食べ物は何が美味しい?と、更に質問が追加される。 イタリアは、基本的にパスタを食べる事が多いが、地方によっても食文化にはかなりの開きがある。ワインに至っては、誰もが自分の土地のものが一番美味しいと言って譲らない。 彼らは、いまだに、イタリア人である前に、フィレンツェ人であったり、ローマ人であったり、サルデーニャ人・ナポリ人であるという思いが強いようで、良人の姉などは、「私はイタリア人じゃないわ。サルデーニャ人よ。一緒にしないで頂戴」と冗談抜きで言い放ち私を驚かせてくれた事がある。 (サルデーニャ島:ヨーロッパ有数の高級リゾート地:フランス領コルシカ島のすぐ下にある地中海に浮かぶイタリアの島) また、現政権の有力政党である<北部同盟>はつい最近まで、北と南の分立を党の支柱スローガンとしてきた北中心の政党である。 最近では、イタリア人の中に息づくこうした明確な郷土意識やイタリア人の同士の境界線は多少、薄らいでいるように見受けられる。が、20年ほど前まであった、南イタリア出身者に対する差別や侮蔑の感情が、そっくりそのまま外国人、移民への差別へと移行しているようだ。 現に、現政権が、先の選挙で圧勝したのも、庶民の恐怖をあおりたて、移民犯罪の撲滅や排除を掲げた成果によるところが大きかった事からも立証できるだろう。 <『魔女裁判』や『村八分』・・・> 自分とは、自分たちとは少しだけ違うもの、一人の頭の黒い羊や悪者を作り上げることで、他の人たちが仲間意識を持ったり団結することは、どこの世界や社会にでもある。悲しいことだが、これも人の性の一つなのだろうとは思う。 ここイタリアに置いて、私は、自分の母国がたまたま『日本』であった、という偶然で同じ移民でありながら、他の人たちとは明らかに待遇が違っている事を感じている。 私ではなく、私の前に冠せられる日本という国や日本人に対するイメージによって、別格に扱ってもらえている事を、充分承知し<その日本>を作り上げてくれた先人達に心から感謝している が・・・反面、実はそれが何よりも怖い。 時の情勢や国同士のおかれた立場によって、良くも悪くも簡単に変わってしまいそうなこの『出身地の前の形容詞』。 ・・・その為に、負わなくともいい荷物を、背負わなければならない日が来ないとは《自分には・・・日本人の自分には絶対に来ない》という保証など、どこにもないからだ。 村上春樹氏は、90年代はじめ、氏がプリンストン大学(アメリカ)に招かれて滞在された時のエッセイ集『やがて哀しき外国語』の中で、湾岸戦争後、パールハーバー50周年に向けアンチ・ジャパンの気運が高まり、周りの空気の中に棘を感じその中に身を置いて暮らすのは辛い時期があったとされ、必要な買い物以外は、ずっと家に篭っていた頃があった、と書いている。 |