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出身地につきまとうイメージ

宮田衣穂子2009/04/01
 数年前、ジェノバに近いノービ リグーレの自宅で45歳の主婦と12歳の男の子が刃物でめった刺しにされ殺された。その場に居合わせながら辛うじて犯人の手を逃れ、逃げ出すことが出来た当時14歳の長女エリカの供述によると、犯人は2人の外国人で、一人は白い髭を生やした100kg以上の巨漢。もう一人は25歳くらいの男性で、彼女は、その男の頭に酒のビンをたたきつけやっとの思いで逃げ出した。との事だった。

 この少女の証言後、犯人の確定が出来ていないにも関わらず、イタリアの各報道機関は「犯人は移民。ノービ リグーレで残虐な殺人事件」「アルバニア人による非道な強盗殺人」「またしても移民による犯罪」など、以前起こった強盗事件や強姦事件なども引きあいにし、いかに移民の犯罪が多いかや、アルバニアやルーマニアという特定の民族に焦点をあて、相次ぐ移民犯罪をどう思うか?というような街頭インタビューをも交え、意図的で作為的ともとれる報道が多数を占めた。

 が・・・その後の調べで、この事件の犯人は、アルバニア人でも他の移民でもなく、この少女と彼女の2歳年上のボーイフレンドだったことがわかった。主犯の少女は、実母である母親と折り合いが悪く、何ヶ月も前から母親と弟の殺人を計画し、ボーイフレンドに、殺人の手伝いを強要し、また事件後の取り調べの際は最初から「移民の犯行だった」と、供述することまで計画に入れていたという。

<何もかもが移民の犯行:意図的な報道>

 が、『この移民による犯罪・犯行』が、TVなどで騒ぎ立てられるのは、何もこの事件に限った事ではない。去年から今年にかけて起こった『レイプ』事件や飲酒運転による交通事故の殆どがルーマニア人によるものだと、あちこちの番組はこぞって取り上げ、《ルーマニア人を見たら、レイプ魔だと思え》と洗脳されるような錯覚さえ受ける。
(実際に、バスの中で乗り合わせたルーマニア男性と降りるバス停が同じだった女性が勘違いし、巡回の警察に訴え、罪もないルーマニア人が拘留されたり、また別のケースでは、バス停近くにいたイタリア男性に袋叩きにあったというケースが何件か報告されている)

(注:イタリア警視庁の正式な発表では、女性に対する性的虐待はその7割りがイタリア人よるもので、1割弱がルーマニア人。後の2割がその他となっている)

<出身地につきまとうイメージ>

 ルーマニア、ロマ=窃盗、スリ、性的虐待、飲酒運転。
 アルバニア=強盗、誘拐、人身売買。
 モロッコ、チュニジア=麻薬、密輸。
 ナイジェリア=売春。
 中国人=密輸、商品のコピー。

 このように、ここ数年来、メディアの扇動もあるとは思うが、イタリアでは、特定の民族に対し上記のようなイメージが固定され、何かがおこるたび<移民の犯行>とする図式がいつの間にか出来上がってしまっている。
(メディアの影響も非常に大きいと思う。数年前までは移民犯罪といえばアルバニアでアルバニアパッシングが起こるほどだったが、現在は、アルバニアという国名はなぜか殆ど聞かれず、ルーマニアばかりとなっている・・・)

<イタリア人同士の差別>
 
 1968年から1985年にかけて「モストロ ディ フィレンツェ事件」と呼ばれる8件の連続猟奇殺人事件が、フィレンツェ近郊で相次いだ。

 この事件の容疑者として何人もの人の名が上げられたが、09年の現在に至っても事件の全貌は解明されていない。その容疑者の中の一人にサルデーニャ島からトスカーナ地方に移住した男性があった。この時、マスコミは過剰に「サルデーニャ出身」ということをクローズアップさせたという。

 シチリア=マフィア。
 サルデーニャ=誘拐犯。
 ナポリ=カモッラ、恐喝。
 カラブリアやプーリア=麻薬、窃盗。

 と、北の南イタリアに対する差別から、わずか15−20年ほど前まで南イタリア出身者には、こういった形容詞が被せられ、差別や蔑視、偏見視されることが多々あった。いや・・・今でも全てが過去形になっているわけではなく、彼らに対する差別意識が薄らいだ、というのが正しい表現になるだろう。

 良人の兄は、30年前 フィレンツェ大学入学のためサルデーニャ島からフィレンツェに来た。(日本で置き換えると、四国の松山市から京都の大学に来たという感覚に近いと思う)

 まずは部屋探しと、大学にも近く部屋の条件も良さそうな一軒に電話をしてみた。電話に出た中年らしい女性は愛想も良く、応対の雰囲気もまずまずで物件を見るための約束も取り付けた。

 「ところであなた、どこの出身?」
 「サルデーニャ島のカリアリです」
 そう答えた途端、女性の語調が変わり、
 「サルデーニャですって?冗談じゃないわ。サルド(サルデーニャ出身の人を指す)に貸す部屋なんてないわよ」と、電話を切られたことがあったという。

 「今だから笑って話せるけど・・・」

 彼のような体験談は、他の南イタリア出身者からも何度か聞かされたことがある。

<イタリアの地方性>

 ここで少しだけイタリアの地方性や地方による意識の違いを説明させて頂く。イタリアは、1861年(わずか150年ほど前)サルデーニャ王国によるイタリア統一(リソルジメント)により成立し、サルデーニャ王のヴィットーリオ・エマヌエーレ2世が初代国王となり、第二次世界大戦後、共和国となった国だが、まるで別の国といっていいほどの都市や地方が集まって一つの国を形成しているような感じがある。

 それゆえ、現在でも、同じ街か否か、同じ州か否か?というだけでいがみあうというかお互いに張り合う風潮が根強く残っている。

 イタリアに住み始めた頃、どこの出身かと尋ねられ、日本と答えると、じれったそうに、日本はわかってる。だから日本のどこなんだ?と重ねて尋ねられ「なぜそんな詳細までが必要なのか?」と逆に尋ね返すと、彼らから返されるのは、「例え、同じ、イタリア人ではあってもカラブリアの出身か?ミラノの出身なのか?では考え方も、物の見方も人種も違う。それゆえ、どこの出身なのかは、重要なことだ」というように、あくまで生まれた土地に重きを置く事に驚いた。

 日本人の多くは、東京や大阪ならいざ知らず、地方都市の名前を言ったところでふ〜ん。で終るのだろう。と思っておられるかと思うが、相手によっては、それでは満足せず、食い下がってくる人もいる。

 例えばだが、京都に近いよ。で終らせるつもりだったのに、京都に近いのはわかった。で、どこなの?となり、結局、日本の真ん中辺りの滋賀県という場所で、彦根城というお城があって、大きな湖が有名で、場所的にも言葉も、京都に近い。くらいの説明をすると、やっと、ふ〜ん。いいところに生まれたな。となり、食べ物は何が美味しい?と、更に質問が追加される。

 イタリアは、基本的にパスタを食べる事が多いが、地方によっても食文化にはかなりの開きがある。ワインに至っては、誰もが自分の土地のものが一番美味しいと言って譲らない。

 彼らは、いまだに、イタリア人である前に、フィレンツェ人であったり、ローマ人であったり、サルデーニャ人・ナポリ人であるという思いが強いようで、良人の姉などは、「私はイタリア人じゃないわ。サルデーニャ人よ。一緒にしないで頂戴」と冗談抜きで言い放ち私を驚かせてくれた事がある。
(サルデーニャ島:ヨーロッパ有数の高級リゾート地:フランス領コルシカ島のすぐ下にある地中海に浮かぶイタリアの島)

 また、現政権の有力政党である<北部同盟>はつい最近まで、北と南の分立を党の支柱スローガンとしてきた北中心の政党である。

 最近では、イタリア人の中に息づくこうした明確な郷土意識やイタリア人の同士の境界線は多少、薄らいでいるように見受けられる。が、20年ほど前まであった、南イタリア出身者に対する差別や侮蔑の感情が、そっくりそのまま外国人、移民への差別へと移行しているようだ。

 現に、現政権が、先の選挙で圧勝したのも、庶民の恐怖をあおりたて、移民犯罪の撲滅や排除を掲げた成果によるところが大きかった事からも立証できるだろう。

<『魔女裁判』や『村八分』・・・>

 自分とは、自分たちとは少しだけ違うもの、一人の頭の黒い羊や悪者を作り上げることで、他の人たちが仲間意識を持ったり団結することは、どこの世界や社会にでもある。悲しいことだが、これも人の性の一つなのだろうとは思う。

 ここイタリアに置いて、私は、自分の母国がたまたま『日本』であった、という偶然で同じ移民でありながら、他の人たちとは明らかに待遇が違っている事を感じている。

 私ではなく、私の前に冠せられる日本という国や日本人に対するイメージによって、別格に扱ってもらえている事を、充分承知し<その日本>を作り上げてくれた先人達に心から感謝している

 が・・・反面、実はそれが何よりも怖い。

 時の情勢や国同士のおかれた立場によって、良くも悪くも簡単に変わってしまいそうなこの『出身地の前の形容詞』。

・・・その為に、負わなくともいい荷物を、背負わなければならない日が来ないとは《自分には・・・日本人の自分には絶対に来ない》という保証など、どこにもないからだ。

 村上春樹氏は、90年代はじめ、氏がプリンストン大学(アメリカ)に招かれて滞在された時のエッセイ集『やがて哀しき外国語』の中で、湾岸戦争後、パールハーバー50周年に向けアンチ・ジャパンの気運が高まり、周りの空気の中に棘を感じその中に身を置いて暮らすのは辛い時期があったとされ、必要な買い物以外は、ずっと家に篭っていた頃があった、と書いている。

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[44028] 宮田さん。ご教示有難うございます。
名前:村上久三郎
日時:2009/04/07 21:12
宮田さん、ご教示有難うございます。余計なことを言って、すみませんでした。
 私の少年期は昭和20年代でしたので、多分、私の年齢的な事があると思います。それと、もう一つは、私が生まれた故郷の地域性も関係しているように思います。
 青年期には長らく米国に住みましたが、心の「核」には、どうしてか、少年期に育成された「感性」があり、これを変えることはできませんでした。
 定年後、より一段と思想が老化したように思っています。
心の方向が「前方(将来)」でなく、何故か、好んで「後ろ(過去)」を向くようになったのです。昔の郷土文化を思い出して、ここ数年間、執筆してきました。こうした心境変化はどこから来るのか分かりませんが、先日、兄から「お前はどうして、そんなに古いのか?」と言われました。
 まあ。こんな古い者ですが、できれば将来、「昭和少年思い出話」をオムニバスに書こうかと思っています。現代日本との「位相のずれ」は大きいと思いますが、ご指摘・ご教示戴けたら幸いです。今後とも、どうぞ、宜しくお願い致します。
[44025] 言葉について・・
名前:宮田衣穂子
日時:2009/04/07 18:09
これらの言葉に抵抗があるのは、大変失礼かとは存じますが、年齢的な事もあるかと思います。が、村上様が指摘された2つの言葉は、俗語ではなく、現在では通常の表現方法として定着しているものです。私も汚い言葉や、直接表現や、わざと現代の若者に合わせたような崩した日本語とも何語ともしれない言葉を、好んで使いたいとは思いませんが、ある一定の言葉に対しては、むしろ、進んで使うべきだと思っています。

特に、避妊具に置き換えられた言葉についてですが、これに関する問題は、恥や外聞などに拘ってはいられない、深刻な問題が背後にあるわけですよね。
突然、変な例を持ち出すようですが、フェミニストという言葉や運動がありますが、ある女性のリーダーは、フェミニストという言葉が使われるうちは、女性への差別はなくならない。と提唱しています。
日本の恥の文化や、直接表現を好まず婉曲な言い方も確かに奥ゆかしいですが、先日の記事のような深刻な問題に対した時、それを議論する際に、女性だからとか、男性だからとか、何か、隠さなければいけない。などの少し後ろめたい感じの感覚が抜けない限りは、日本が他国から立ち遅れる事につながり、日本人の男性だけでなく、女性側も変な恥らいが邪魔をして、自分自身を守る能力を欠落させる結果になります。
[44024] 宮田さん。 ハイ。 分かりました。が。
名前:村上久三郎
日時:2009/04/07 17:30
ハイ。分かりました。
今後、心して「きっぱり諦めます」よう心がけます。

何分、私はその昔、集落で米作りをしていました。村はずれには、お「宮」様がありました。「三つ子の魂、百まで」とやら。「宮」「田」「穂」という字に未練があるわけです。

 一つお願いがあるのですが。
私は母子家庭で育ちました。子供の時から、「女尊崇敬(神道)」でした。女神は建物の奥深くにある、蚊帳の内側におられましたが、顔は全く見えませんでした。この蚊帳を「紗(しゃ)」と呼んでいました。それ以来、顔の見えない女性に、ある種の神秘性を感じることがあります。
 ところが、女神は断じて放屁・放尿・放便を行わないのです。
宮田さんは、最近、どこかの「意見欄」に「コン○ーム」とか「○倫」という語句を使用されていましたが、できれば、もう少し、紫式部流の奥ゆかしい言葉の選択をお願いしたいですが。前者は、例えば、「避妊具」とか。
 純情可憐な私は、一方的に、あるイメージを脳裏に抱いているわけです。そのイメージが、少しでも損ないますと、言葉では説明できない程のショックを受けるわけです。

 それから、もう一つ、最終的な決断はまだしていませんが、そろそろ田舎へ帰り、浦島太郎となり、宮田さん達に、サヨーナラしょうかと考えることがあるのです。
 永久に別れることは寂しいので、できるだけ「一時的な別れ」にしたいですが。それまで、いろいろ書きますので、宜しくお付き合い下さい。
[44015] それでは・・
名前:宮田衣穂子
日時:2009/04/07 14:42
・・心して聞くように・・。
宮田は、平家の一族の出でございまして、明治になって駅が出来た時にも、一族の地所を一歩も出なくとも駅までたどりつけるほどでございましたが、庶民搾取しまくり、余程にひどい事もしたんでしょう。お陰で、代々子沢山とはとても言えず、更に短命の一族でございまして、更に、かの折は、小豆・米相場で失敗し、没落していくばかりでございましてね。せめて宮田が罪滅ぼしにシスターになり、人様に尽くさせて頂こうかと思ったのですが、それもならず・・。今に至り・・・・。な〜〜んてね。宮田の話は、9割が怪しいものですから、眉に唾をつけてからお聞きください。
ついでに、私は、もう驚くほどの絶世の美女でございますから、平家物語のように、建物の奥深く、記帳を隔ててでないと、余りの神々しさに目がくらむといけませんので、皆様の為に正体を明かすわけには参りません。ぬはは・・。ですので、村上様、この辺りで、宮田の正体を知ろうなどという事は、きっぱり諦めて下さい。
[44014] 藤重さん。ははは
名前:村上久三郎
日時:2009/04/07 14:08
 藤重さんのコメントは、もしかして、私へのメッセージでしょうか? もし私に関係があるようでしたら、等身大の私をお話致しましょう。
 元を正せば、私は農村出身です。田畑仕事もしていましたよ。
この時期、ボツボツ、ジャガイモ作りが始まりますね。ジャガイモは、植えるとき包丁で切り、切り口に灰を塗りますね。
 このような百姓経験により、私は泥臭く見えるのでしょう。そのためと思いますが、私の前から来る女性は、皆、避けて通り、断じて私を見ません。
 これが、我が人生の最大の悩みでしてね、長らくコンプレックスを持っていました。が、たった一度だけ、秋の夕暮れ時、今にも幽霊が出そうな東北のお寺。その参道を寂しそうに、ショボショボ、一人で歩いていました。
 そのとき、突然、私の後ろから、40代半ばの女性から、「お一人ですか?」と声を掛けられました。嬉しさの余り、返す言葉を用意できないまま、後ろを振り返り、「何か、私の背中についていますか?」と言いました。そうしたら、その女性は「いや。いや。何でもありません。失礼しました。」と、ヒタヒタと逃げるように去りました。
 私は、今でも「あの女は何者だ。何やら嬉しいような気もするが、腹の立つような気もする。」「それにしても、俺は、もう少し、気のきいた言葉が無かったのかなー」と悔やんでいます。
  ま。こんな調子でね。私がいかに「もてない男」であるかが、ご想像できるでしょう。
ははは
[44003] 老婆心からですが
名前:藤重典子
日時:2009/04/07 09:09
何人かの女性の友人を失いました。
家制度に巻き込まれて保守的になった人などはさておき、
一番こわいのが高いポストと男性のほめ言葉による
「褒め殺し」なんです。
ほんとに大切に思うならほめすぎないことも大切です。
[44002] 宮田さん
名前:村上久三郎
日時:2009/04/07 09:05
 ご丁寧なご回答、どうも有難うございます。
ところで、「『国際女性の日』でもイタリアでは女性は苦難」(3月)が編集部長賞に輝きましたね。まずは、おめでとうございます。
@私が会社にいたとき、よく「海外駐在員」として行かれた方々がおりました。(会社によって異なると思いますが)このような人間関係問題がある事を、今、はじめて知りました。
 このような問題は学歴社会、受験戦争の影響と思いますが、個人差・国民性もあるかも知れませんね。かと思うと、最近、海外駐在員がウツになるケースもあるようです。(特に中国関係)
 それにしても、宮田さんは、私が全く知らない、いろいろの「世界」をご存知なのですね。感心しています。

A昨日のNHKニュースによりますと、最近、日本の会社で、パワーハラスメントが多いそうです。それが苦で、ウツになる人や自殺者が増加しているようです。そのため、国は防止策の法律を検討しているようです。

B話は変わりますが、以前から、私は宮田さんのお名前「衣穂子さん」に興味を持ってきました。それは、稲などの「穂」は、中が米でその表面に「衣」があります。つまり「穂」そのものが「米+衣」という意味があるように思います。「宮田さんは、昔、庄屋のご出身ではないか?」と思うこともあります。支障ない範囲で、将来、機会ございましたら、お名前に含まれた意味を教えて下さるとあり難いです。
ただし、これは、個人情報ですので、無理に、お答えされる必要はありませんが。
[43989] 村上様
名前:宮田衣穂子
日時:2009/04/06 23:47
これは会社の中の話ではなく、現地社員と言って駐在者として日本から送られてくる人たちより遥かに待遇が悪く(給与や待遇などの面でですね)現地で採用された日本人同士の間で会社はさまざまです。個人的な集まりでの話しですね。
ただ、これには、理由がなくもないんですよ。
現地社員というだけで、給与は日本からの社員に比べると3分の1とか4分の1程度。休日なども夏休みに日本に帰る駐在員優先ですから、残った都合の良い日の中から選ぶという感じだし・・。かと言って仕事は同じような事をするわけで、むしろ、語学に関しては圧倒的に、現地の人たちが本社送りをカバーするという感じでしたから、現地社員の中には慢性的な不満がくすぶっていました。が、かと言って、どうにもなるものでもないですから、こういう小さなコミュニティの中で、つまらない見栄を張ったりして鬱憤を晴らすわけですね。というか・・XX大学出ているんだから、本当だったら、もっとすごいのにね。勿体無いわね。みたいに、誰かに慰めてもらいたいのかな?とも思いました。

狭い社会にいるとよくも悪くも色々な事がデフォルメされるので、これもその一つなんじゃないでしょうか?私は、こういったメンドクサイ事が何より嫌いなので、困ったなと思ったのですが、幸いこの後、会社を変わり、日系企業ではなくなりましたし、元々、わざわざ、日本人コミュニティで日本語で会話をしないと煮詰まっちゃう。というタイプでもないし、外国人達と対等では無くとも、会話は充分出来る語学力も身につきましたから、その後は、日本人コミュニティとは全く関わっていないので、もしかしたら、今は、違っているかもしれません。が・・。どこの国にもあるんじゃないでしょうか?こういうの・・これも学歴社会、受験戦争の後遺症なんだと思いますよ。

追記:さくら・・ちゃんは可愛いですが、可愛すぎるので変わらず、宮田でお願いします。イメージの中だけさくらという事にしておいて下さい。
[43984] 宮田さん
名前:村上久三郎
日時:2009/04/06 22:06
 私は宮田さんのご「意見」(43958)を読んで、驚きました。私も以前、会社(製造業)にいましたが、「自分は○○大学出身だ」と、自慢ありげに言う人はいませんでした。現在は、例えば、ホンダでは、「あの人は○○大学出身だ」とか「貴方はどこの大学の出身ですか?」と聞くのはタブーです。このような会話は禁句ですね。製造業と文系企業は、ひょっとしたら、社風が違うのかも知れませんね。
 製造業では、例えば、中国のサンテック社の社長さんはオーストラリアの大学を出て、10年位前に中国に会社を作り、現在、世界最大手太陽電池メーカーです。去る2月に、東京ビッグサイトで、「太陽電池国際展示会」が開催されました。約400社が出展し、参加者は約6万人でした。このような世界では、偏差値もクソもありませんね。
 私の恩師(台湾出身)はハーバード大学出身ですが、彼から見ると「日本人には、学歴を顔に出す人がいる」と言っていました。(この話をいつか、オムニバスに書こうかと思っています。)
私は米国で偉い学者を沢山見ましたが、学歴が非常に高い人は学歴を顔や会話に出しませんね。
 宮田さん。米はですね。実れるほどに頭が低いのです。
「実れるほどに、頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」です。
これは人間にも当てはまると思います。
ところで、「穂」は「衣穂子」さんの「穂」? ははは 
[43968] 宮田さん
名前:村上久三郎
日時:2009/04/06 19:39
すみません。途中、お邪魔します。 

 既に、ご覧戴けたかどうかは知りませんが、井和代治郎様の「記事」「道徳の基盤が崩れかけている」(4月4日)の「意見欄」に
「井和代様がフーテンの寅だとすると、宮田さんは“さくら”だ」とあります。「フーテンの寅」という言葉を最初に導入したのは宮田さんですよね。では、今後、宮田さんを「さくら」さんと呼んでもいいのでしょうか? 上記の意見欄を、お忘れなくご覧下さい。
 
【追記】大学名などで競い、鼻にかけるような人は最低ですね。私が最も嫌いな人です。
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