著者:天童荒太
出版社:文藝春秋
定価:1700円(税込)
2008年11月
天童荒太氏の小説「悼む人」を読んだ。
私は今までフィクションである小説を読むことは無かったが、『悼む人』というタイトルに魅かれて、その本を読んでみた。
『悼む人』とは、殺人・事故・火災・自殺など、いかなる理由であろうとも、故人を分け隔てせずに、その生前の生涯を忍びつつ、命を尊びながら、その死を悼む人として描かれている。
社会にインパクトを与えた事件であれ、新聞の片隅にも扱われないような事件・事故であっても、全く等しくその「死」を悼む主人公の姿勢に、私は強い共感を覚えた。
私は殺人事件被害者遺族の一人として、有名な事件遺族の周りには多くの人が集まり、支援の輪が広がっていく様や、遺族自身の手記が出版されたり、多くの報道機関が彼らの声を取材し社会に発信されている反面、社会にほとんど認知されることの無かった事件・事故遺族の多くは苦しみを表現することも許されず、孤独に声を押し殺しながら生きていることを余儀なくされているのではないかと強く感じてきた。
語弊があるかもしれないが、有名な事件・事故の遺族には発言力・影響力といった具体的な力があるのに対し、ニュース性の低い事件・事故の遺族にはそのような力が無いのです。
かけがえのない大切な家族を殺されたという悲しみ・苦しみは、どの遺族にも変わりはなく、失われた命の重みも比べることは出来ません。
しかしながら、事件・事故の内容によって、ある犠牲者の死は、多くの人の共感を呼び、ある犠牲者の死は、人知れず見過ごされている現実は仕方のないものとして、片付けてしまって良いものだろうかと思わずにはおれません。
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