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東京高裁が「足利事件」の菅家利和さんが要求していた「DNA型再鑑定」を認めたのが2008年10月でした。 第二の「足利事件」と呼ばれた「飯塚事件」(注1)の久間三千年元死刑囚(当時70歳)が麻生政権下の森英介法相の死刑執行命令書で福岡拘置所内で死刑を執行されたのが2008年10月28日でした。 同じ年同じ月に起こった2つの出来事に関連性はあるのでしょうか? 一貫して無実を主張して「再審請求」と「DNA型再鑑定」を要求していた「飯塚事件」の久間三千年元死刑囚をわざわざこの時期に死刑執行する特別の理由があったのでしょうか? 私は2つの出来事には強い関連があり死刑執行が昨年10月に執行されたのは偶然ではないと推測します。 東京高裁は2008年10月に「足利事件」の「DNA型再鑑定」を認め、2009年2月に弁護側推薦の鑑定人と検察側推薦の鑑定人双方がDNA型再鑑定を開始しました。2009年5月には双方から全く同じ鑑定結論すなわち「菅家さんのDNA型と女児の下着に付着した体液の型が一致しない」という結果が出たのです。 「足利事件」で使用された1990年代初期の旧式DNA型鑑定法である「MCT118型検査法」(DNAの配列の一部だけを目で見るなどして調べる方法)は、弁護人が主張してきたように「証拠能力に欠け間違った鑑定結果を出した」ことが証明されたのです。 これで菅家さんの無実が証明されました。 東京高検はこの鑑定結果をうけて刑の執行停止手続きをとり、千葉刑務所に服役中の菅家さんを今年の6月4日、17年半ぶりに釈放したのです。 森英介法相と法務官僚は東京高裁が「足利事件」の「DNA型再鑑定」を認める判決を出すことを事前に知っていたと思います。 福岡高裁が、旧式DNA型鑑定法「MCT118型検査法」を使った「飯塚事件」のDNA型鑑定結果に疑問を持ち再鑑定を認めることは時間の問題であり、森英介法相と法務官僚は2度目の「冤罪事件」発覚にかなり焦っていたのではないかと推測されます。 なぜならば「飯塚事件」の「DNA型再鑑定」が開始されれば、「足利事件」と全く同じ結果、すなわち「二女児の死体遺棄現場から採取した微量の体液と久間死刑囚の毛髪とは同一人物のものではありえない」という結論が出る可能性が大きかったのです。 司法3権力は、「足利事件」で無実の菅家さんを無期懲役囚にして17年半の刑務所暮らしを強制しましたが、「飯塚事件」では無実の人間を死刑囚にするという犯罪を暴露される寸前のところまで追い込まれていたのです。 森英介法相と法務官僚は2度目の「冤罪事件」の発覚を避けるために久間三千年元死刑囚の処刑を早めたのではないでしょうか。 もしそうであったならば国家的な犯罪そのものと言えます。 もしも昨年10月に久間三千年さんの死刑が執行されていなかったならば、「DNA型再鑑定」が認められて最新のDNA型鑑定で彼の無実は証明されたはずなのです。 久間三千年さんは菅家さんと同じように今頃解放されて祝杯をあげていたはずなのです。 福岡高裁は至急久間三千年さんが求めていた「DNA再鑑定」を最新技術を使って行うべきです。 死刑執行からすでに1年経っていますので「本人死亡」を理由にすべての証拠物が廃棄され証拠隠滅されているかもしれません。 注1:「飯塚事件」(wikipediaより引用) 1992年2月20日、福岡県飯塚市の小学校1年生だった女児2人(当時7歳)が登校中に行方不明になった。その後、同県甘木市(現在の朝倉市)の雑木林で殺害され遺棄されているのが発見された。死因は窒息死だった。自白は得られなかったが導入されたばかりのDNA鑑定によって有罪判決が確定し、死刑が執行された初めての事例である。事件の概要から飯塚女児二人誘拐殺害事件とも呼ばれた。 |