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何が重要なのか・・・『福田君を殺して何になる ― 光市母子殺害事件の陥穽 ― 』

江口征男2009/10/13
 新聞やTVニュースなどで話題になっている書籍『福田君を殺して何になる ― 光市母子殺害事件の陥穽 ― 』(増田美智子著 インシデンツ発行)を読んだ。

 この書籍に対し、弁護側が10月5日に出版禁止の仮処分を広島地裁に申し立てているが、7日から一部の大型書店では発売されている。

何が重要なのか・・・『福田君を殺して何になる ― 光市母子殺害事件の陥穽 ― 』 | <center>撮影筆者</center>
撮影筆者
 数年前からの読者ならご存知と思うが、著者の増田美智子さんは元JanJan編集部員だ。
 今はなくなった「日本版オーマイニュース」の編集長(当時)鳥越俊太郎氏の「退任」をスクープした。
 当時、鳥越氏は全面否定していたが結局、数ヶ月後に退任することになった。スクープが証明されたことになる。
 その結果として “オトナの問題”が生じたらしい。このあと、増田さんは日本インターネット新聞社を退社することになった。
 ・鳥越俊太郎さん、しっかりしてください/07/01/14 増田美智子

 2月にインシデンツから発行された「報道されない警察とマスコミの腐敗 − 映画『ポチの告白』が暴いたもの − 」の取材で、代表の寺澤有さん(ジャーナリスト)と一緒にお話しをうかがったときの増田さんは、退社のいきさつについては詳しくは語らず、恨み言も言わず、にこにこと爽やかに対応してくださった。
 ・「報道されない警察とマスコミの腐敗」著者に聞く

 その際に「いま、光市母子殺害事件の被告人を取材していて、本にしたいと思っている」と語っていた。それがこの書籍だ。

 「光市母子殺害事件」の裁判では、一審、二審で無期懲役、最高裁では二審判決を破棄し広島高裁に差し戻した。
 そして2008年4月に、広島高裁は差し戻し控訴審で死刑の判決を下し、弁護側は即日上告している。

 この事件に関して、大阪府の橋下知事が弁護士時代に「各弁護士会に対して弁護団の懲戒処分を求めよ」と“アジって”物議をかもしたが、後に謝罪している。

 朝日新聞が10月8日に、「実名掲載『何のため』 『元少年』本一部で販売 作家ら疑問の声」として、この書籍の出版を取り上げた。
 しかし記事は、「作家ら」の意見を借りているだけで、「実名掲載」(のみ)を問題にしているように読めた。
 少年法に従って実名を出さないために、「元少年」というなんとも“そらぞらしい表記”を使い、安全な場所に身を置きながら本質の議論を避けているように思えた。
 「実名掲載『何のため』」というが、既に「週刊新潮」では初公判後の1999年8月に被害者家族の本村洋さんの手記(被告人の実名入り)を掲載していた。が、当時は仮処分の申し立てはされていないという(弁護団は異なる)。
 このとき被告人は18歳の少年だったが、現在は28歳になっている。当時、朝日新聞は「週刊新潮」記事に対して批判を展開したのか、しなかったのか、は知らない。

 さて、本の内容だ。
 著者が、「本当に死刑が妥当なのか」という疑問をもって、2008年4月末に被告人に手紙を送ったことが始まりだ。
 弁護団による“取材妨害”?をものともせず、同8月4日に広島拘置所で初の面会をとげ、対面取材は25回を数える。手紙でのやりとりもし、近隣の住民や同級生らへの取材も試みた。


【 国民が福田君の実像をきちんととらえられていない今、彼が死刑になることが、本当に社会にとっていいことなのだろうか 】
 1審山口地方裁判所の弁護人は中光弘治弁護士、2審広島高等裁判所は定者吉人、山口格之両弁護士だった。
 最高裁では定者吉人、井上明彦両弁護士が担当した。後にこの二人の辞任を受け、安田好弘、足立修一両弁護士が担当。
 広島高等裁判所(差し戻し控訴審)では本田兆司弁護士を弁護団長として、安田好弘弁護士(主任弁護士)以下総勢21名の弁護団となった。
 なお、著者は1審の中光弘治弁護士、2審の定者吉人、山口格之両弁護士に、そして控訴審の弁護団にも取材を試みたが拒否されたという。


【 今枝仁弁護士解任の真相 】 
 著者の取材に応じた弁護士はたった一人、控訴審で死刑が求刑される2日前に、弁護人を解任された今枝仁弁護士だった。
 記者会見で安田好弘弁護士(主任弁護士)は、解任の理由を「被告人の信頼を失ったから」としていた。
 
 著者が被告人に今枝弁護士解任の理由を聞いている。
 それには「お答えしかねる」とし、さらに「どこかに出したりしないというなら、お話しします」と答えた。
 著者が「だったら、聞かないほうがいいな」と言ったにもかかわらず、彼は次のように語ったという。

 「・・・(今枝先生は)弁護団のなかではいちばん話しやすくて、信頼してたんだよ。(中略)ほかの約20人は、やっぱり『弁護士』『弁護士』していて、考え方とかで衝突することもあったみたい。・・・」
 「僕は、今枝先生の解任には最後まで抵抗していたんだよ。(中略)だから、解任は、僕にとっては本当に断腸の思いだったんだよ」

 
【 匿名の名もなき殺人犯として死刑が執行されてもいいのか 】 
 著者は、「実名」を記すことについては本人の了承を得ているとし、理由を次のように書いている。

 「匿名報道が被告人の人格を理解することを妨げている」
 「名前や顔写真が出ないことで、モンスターのようなイメージがふくらみ、それが死刑を望む世論を形成しているのではないか」

 凶悪犯罪が起きるたびに登場する“モンスターのようなイメージ”は、週刊誌やTVのニュースショーで増幅される。それは、弁護団へのいわれなきバッシングに繋がっているのではないか。さらには筋違いな「死刑廃止論バッシング」にもなっているように思える。
 だからこそ、死刑廃止論者の安田好弘弁護士が主任をする弁護団に風当たりが強いのではないか。
 その視点から見れば、この著者はむしろこの弁護団にシンパシーを持っているようにさえ感じる・・・と思うのは私だけだろうか。私自身が安田好弘弁護士にシンパシーを持っているからなのかもしれないのだが。


 発行元の「インシデンツ」のサイトには、現在次の告知が載っている。
 「10月9日から『福田君を殺して何になる ― 光市母子殺害事件の陥穽(かんせい)― 』の注文受付は中止しています。
 在庫はありません。増刷も流動的ですので、予約の意味でのお振り込みもやめてください。」
 ・インシデンツ

 初版は4000部を刷ったという。

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[52402] 今はこれでストップしていてもいいかもしれませんね
名前:藤重典子
日時:2009/10/15 18:11
大切なのは、死刑囚の気持ちとか、考えの変化とか、それが世に伝えられることだと思います。それが被害者の心を徐々にでも解きほぐすことかもしれませんね。何しろ歴史が長い。あせりすぎも逆効果。最近、少し変わった論調も出てきたような記憶があります。
[52386] Re:Re[52358]
名前:平田修
日時:2009/10/15 00:50
伊藤さん


なるほど
筋が通っていると思います。
ありがとうございます。
[52381] Re[52358]
名前:伊藤学
日時:2009/10/15 00:15
平田さん

平田さんの言論に対しコメントをしだすとキリがないので1点だけ。

>そのためには、まず死刑制度を廃止したから治安が悪くなった、犯罪発生率が上がったという総合的なデータによる明白な論証が必要なのですが、どうも論拠としうるものは出ていないようです。

逆です。平田さんも指摘されているように、死刑賛成に与する声が多数であり、直ちに死刑廃止するのは国民感情からしても受け入れられる環境に現在ない、という現状です。

現状を変えるべきという立場である死刑廃止論者こそが、立論するにあたり、死刑制度を廃止しても治安が悪くならない、犯罪発生率は上がらないという総合的なデータによる明白な論証をまず行うべきですが、どうも論拠としうるものは出ていない、こう理解するのが正しいのだと思いますし、国民の誰の目にも客観的な事実として受け入れられるような代物であれば、自ずから死刑廃止論者が多数となり、目標が達成されるということではないでしょうか。



[52363] 平田さん
名前:斉喜広一
日時:2009/10/14 22:01
興味深い論考、ありがとうございます。


 私見ですが、死刑廃止論者が(日本では)左翼・リベラル派が相対的に多い、というのは、反政府、反権力、反官憲、の強い意思が底流にあるからではないか、見ているのですが。あくまで私見です。


人権についてですが、日本国憲法ではそこに「基本的」が付きますね。そう「基本的人権」です。あくまで「基本」であって、「公共の福祉に反しない限り」という前提があります。
何となれば、単に「人権」が野放図に認められるなら、その人物が他人に対し、どのような人権侵害(殺人・強盗・強姦・窃盗等)を起こそうと、国家はその人物の人権を保証しなければならないから、逮捕もできなきゃ、裁判にかけて懲役刑に科すことも、できないことになります。逮捕も、懲役も、人権侵害に違いないからです。
もちろん、平田さんの言う、欧米の「人権」に対する、基準というのもあるでしょう。


 私が死刑を容認するのは、(奇異に思われるかも知れませんが)人の命の重さを考えるからです。人を殺す、という罪はそれほど重いことですね。
なら、その罪の重さを何で量るのでしょうか。懲役〇〇年で量るのでしょうか。
人を殺す、人の命を奪う、というのはそれほど軽いことなのでしょうか。
人を殺した重さを量るとき、これはもう「死刑」しかない、と考えるからです。
もちろん、全ての殺人を「死刑」にせよ、というわけではありませんが、です。
[52362] 死刑は40年後でも遅くない
名前:井之上文
日時:2009/10/14 21:55
もし自分の息子が、本村氏だったら どう感じるだろう。 と考えたことがあった。 けっして裕福でなくとも、まじめに暮らす小さな家族であったのに。


本村氏は終始一貫して同じ事を発言している。 ブレてないのだ。


彼の主張は「司法批判」。


死刑にしてくれなきゃ嫌だなんて一言も言っていない。 司法がきちっとしてれば、無期でも受け入れると発言していたわけで、まさに同感であった。


きちっとした司法が死刑判決を出してくれるのが理想だと言っていたのだ。 それは、日和見司法がマスコミの作り上げた、プロパガンダ世論で死刑判決を出すのは、よろしくないということだ。



司法は彼の期待に答えていない。 もとより公務員ふぜいに理解できない崇高な主権者の意思だ。


現実に福田君が何年かかっても、まともな考えを持てない社会のクズだとは思えない。 たとえ30年、40年かかっても、自分の行為がいかにひどいものであったのかを認識させて死を迎えて欲しい。 彼にはその義務があるのだ。 苦しみと辛さを重く感じる義務があるのだ。










[52359] 死刑廃止論? メディア批判?
名前:江口征男
日時:2009/10/14 20:52
 皆様、ご意見有り難うございます。

【52270】【52305】【52345】井之上文さま 同感です。冤罪は許せません。

【52282】【52304】安住るりさま 同感です。あの風貌(失礼!亀井さん)と物言いの亀井さんの「死刑反対」、
 「モラトリアム」。優しさは外観で判断できるものではありませんね。偏見、差別、キメツケはいけませんね。

【52313】【52323】【52336】平田修さま 同感です。また冷静な分析と、解説有り難うございます。


 皆様、ご意見有り難うございます。

 記事本文の中では、著者の意図と外れると失礼なので、私の主観や推量や書かないようにできるだけしました。
 ここでは、主観的に書きたいと思います。

 この本で著者は、「死刑廃止」または「死刑存続」について記述していません。
 メディアの報道のありかたに疑問を呈したのではないかと、ぼくは考えています。
 
 右翼や左翼と、「死刑廃止論者」とは、あまり関係ないと考えます。
 あるとすれば、それぞれの側に行く人に性格的な特徴(共通点?)があるかもしれません。
 でも、極左も極右も性格的には共通するような気もするなあ。コワイし。
 決めつけるのは、ひとという複雑な存在を根拠もなく4種類に分けてしまう血液型性格判断とたいして変わらず、ナンセンスではありませんか?
 「死刑廃止論者」も、人道的な観点を基準に判断する人も、宗教観から反対する人もいるだろうし、「冤罪を防止したい」という考えもあるでしょう。
 ぼくは「冤罪」がこわい。だから、終身刑をつくった上で、死刑を廃止すれば、と思いますが単純かな?
 
 逮捕された途端に(起訴されてもいないのに)警察、検察から次々にネガティブな情報がリークされる。
 それをメディアは無批判に垂れ流す。
 「起訴されたら、99%が有罪に」というわが国の裁判を考えれば、裁判所と警察、検察が組んで、それをメディアが支えていると思います。
 「有罪率を100%に」から、全てが始まっていると思うわざるを得ません。だから取り調べの可視化にも反対するのでしょう。

 著者の増田さんは、「創り上げられたモンスター像が問題ではないのか」と言っていると、ぼくは解釈しました。
 そして勝手に同感しました。

 当該事件については、被害者家族の本村さんのお気持ちには全く共感します。
 私が同じ立場なら、「この手で殺したい」と思うかも知れません。いや、思うでしょう。
 ただ、そのもとになる犯人像は、「リークと垂れ流し報道からしか得ていない」のです。

 従って、被告人やその家族の立場で考えてみたとき、そら恐ろしくなるのです。現実に、冤罪事件はいっぱいあります。。

 この問題、「憲法9条の改正に賛成か、反対か」と単純に聞くのと同じような気がします。
 賛成でも「軍拡」の人と、「平和を確実にしよう」という考えもあると思うのに、多くのアンケートは随分いい加減です。

 なお、過激な意見、本文と関係のない意見はお控えください。
 まずは、本をお読みになった上でお願いしたいものです。


[52358] 生命権
名前:平田修
日時:2009/10/14 20:50
>冤罪であった場合は、取り返しがつかない、ということを、
>死刑反対論の根拠の一つにされます。
>では冤罪の可能性がゼロ(例えば衆人環視の中での現行犯等)の場合だったら、
>死刑はどうなんでしょうか。


なるほど。
この点ですが、建前の上では、「疑わしきは被告人の利益に」の原則があるので、
冤罪の可能性は無いと看做されなければ、有罪判決は出せないことになります。
ただ、実際問題としては、最終的には裁判官の心証で決まってしまいますし、
井之上さんが以前から指摘しているように、疑いがあっても検察、警察に有利な
判決が出されてしまうというところは、井之上さんに限らず司法不信として
何かと批判されているところですが、そこを語るとキリが無いので置いておいて、
斎喜さんのおっしゃるように衆人環視の中で行なわれ、誰の目にも殺人の構成要件を
充たしている事が間違いない場合を想定しましょう。(たとえば秋葉原殺傷事件など)


さて、死刑制度が廃止された国々ですけど(日米を除く先進国のほとんど)、
元々はどこも死刑制度を有していたわけですが、それが廃止されるに当っての
国際法上の根拠となる条文があります。
国際人権規約第6条に
『すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。
この権利は、法律によって保護される。何人も、恣意的にその生命を奪われない。』

こうありまして、個人の有する生命権が規定されています。
日本もこれには批准しています。


次に、
この条文をさらに発展させる形で、1989年、
『死刑廃止にむけての市民的および政治的権利に関する国際規約第2選択議定書』
というものが、国連総会において採択されました。
これには、こうあります。


『市民的及び政治的権利に関する国際規約の第6条が死刑の廃止が望ましいことを
 強く示唆する用語において死刑の廃止にふれていることに留意し、
 すべての死刑廃止措置は生命権の享有の上で発展とみなされるべきことを確信して、
 次のことに合意した。
 第1条

1.この選択議定書の締約国の管轄権内にあるいかなる人も
  死刑に処せられることはない。

2.当事国は、自国の領域内で死刑を廃止するために
  すべての適当な措置をとるものとする。』


http://homepage3.nifty.com/y-kitamura/justice/ccpr-op2.htm


これを見れば明らかなように、個人の有する生命権というものを
絶対的な人権として規定して、いかなる場合も国家は個人を死刑に処することが出来ないと
規定しているわけです。
どんな理不尽に人を殺した者であっても、国家はその者の命を奪えない。
それほどに国家は個人の命を重いものとして扱うことを、
国民に宣言することになるわけです。


この議定書ですが、日本は死刑制度を維持していますので、
当然批准はしておりません。


ここは、おもに応報感情、犯罪抑止効果、社会防衛という点から、
存置論者サイドから批判されるところでしょう。
そのためには、まず
死刑制度を廃止したから治安が悪くなった、犯罪発生率が上がったという
総合的なデータによる明白な論証が必要なのですが、どうも論拠としうる
ものは出ていないようです。


P.S


過去ログにおいて、左翼の人たちは、なぜ死刑制度に反対なのですか?
という問いかけを山元さんがされておりました。
その点について、軽く触れておきますと、


死刑制度廃止の趣旨自体に左翼思想(とくに共産主義思想)との連関は無いでしょう。
もし連関があるのなら、90年の東西冷戦崩壊以降、共産国家の民主化が
急加速に進められたことと死刑廃止が世界的な潮流となったことが
軌を同じくしていたこと、
現在残っている数少ない共産主義一党独裁国家が
今もなお厳しい死刑制度をもっていることの説明がつきません。
かつて共産圏だった東欧が民主化され死刑制度が廃止され、
現在のEUでは死刑制度を持たないことが加入の条件の一つとなっています。
(廃止及び死刑が事実上行なわれていない国を入れると)それがヨーロッパのみならず、
ロシア、南半球に至るまで世界的な広がりとなっています。
共産圏の衰退と死刑制度の廃止の広がりは比例していると言えます。


ここで思うのですが、
私の印象としても、日本国内においては、死刑廃止論者には、傾向としては、
保守から見て、左よりの人たち(リベラル、左翼政党を含む)に多いといえるかもしれません。
一因としては、日本のリベラル、左寄りの人たちは、西欧を人権先進国としてとらえ、
その人権思想に範を取る傾向が強いからではないでしょうか。
それに対して、
日本には日本の、アジアにはアジアの事情があり、
人権思想があるのだという反論があるでしょう。
また、現在の日本の世論ではまだ死刑存置論に与する声が多数です。
死刑反対論者はまだ少数派でしょう。
リベラル、左派にも死刑賛成派は少なくはないでしょう。
しかし、
少なくとも、今わたしたちが当たり前のものとして空気のように享受している、
表現の自由、信教の自由、移動の自由、選挙権、法の下の平等、罪刑法定主義などの人権保障が、
いずれも西欧の人権思想に起因するものであり、西欧の法制度を移入することによって
私たちにもたらされたという事実は留意するべきだと思います。


なお、
過去ログ[52313] で書いたとおり、日本においても保守に属する人たちにも死刑廃止論者が
おり、国会においても、死刑廃止議連などでも名を連ねております。
亀井氏もそうですが、記憶に新しいところでは、
小泉内閣時代の法務大臣であった杉浦正健氏が死刑廃止論者として知られていますが、
自分の在任中は、死刑執行命令書にサインしないと発言し物議をかもしたことが
ありましたね。
[52345] 死刑判決を議論する前に、司法の信頼性を議論しなければ
名前:井之上文
日時:2009/10/14 17:36
この国の司法というのは、いい加減なものなんです。


いい加減な警察官が適当な人を捕まえてきて
いい加減な検察官が起訴する
いい加減な裁判官が適当な判決を書く


これで死刑はないだろう。


ではひとつひとつ国民が、これは死刑で良いだろう、これは死刑は駄目だ、これは間違いだ、これは無実だ、これは間違った人を逮捕している、、、


こんなことをやってたら司法の存在価値がない。


すなわち司法が厳格なものになり、間違いのない捜査と、間違いのない判決を出さなければ。 万に一つも間違ったのでは、その信用は全くなくなってしまう。 ましてや今のように、わざと誤判し、ばれたら殺す、追求されたら答えない。 これでどうやったら国民が司法を信頼できるだろうか。


信頼のない司法が下す死刑判決は、信頼できるのか。


もちろん答えは、NOだ。







[52341] 「冤罪」でない場合はOKなのか
名前:斉喜広一
日時:2009/10/14 16:31
「冤罪」の本来の(辞書的な)意味は「無実」の罪、ということですね。
しかし、こんにち、法的には「無罪」(証拠不十分も含めて)であるべき人を、「有罪」にしてしまうことを言いますね。


さて、冤罪と死刑の関係です。
冤罪であった場合は、取り返しがつかない、ということを、死刑反対論の根拠の一つにされます。
では冤罪の可能性がゼロ(例えば衆人環視の中での現行犯等)の場合だったら、死刑はどうなんでしょうか。
[52336] 捜査ミスと誤判の問題がありますしね
名前:平田修
日時:2009/10/14 15:14
死刑とその他の刑罰の違いは、
後者にあっても、その奪われた時間は取り返しのつかないもので、
許されざるものなのですが、当人の命は保障されているので、
事後的に、釈放、国による賠償、謝罪が受けられます。
最近ですと、足利事件の菅田さんに地検や県警のトップが
謝罪したシーンは記憶に新しいです。
しかし、
死刑は、命そのものを奪ってしまうので、刑が執行されてしまうと
すべてが失われることになります。
絶対的に100パーセント取り返しのつかないことになるのです。
免田事件も島田事件も松山事件も、死刑が確定してから、30年前後の
時を経て再審無罪によって釈放されたわけですが、
もし、刑事訴訟法の規定どおり半年で刑が執行されていたら
すべては闇の中だったわけです。
死刑確定判決から6ヶ月以内に執行と言う規定が事実上空文化しているから
まだ良い様なもの、恐ろしいことです。
それまで研究一色だった団藤教授が、裁判実務に当ることによって
死刑廃止論者へと変わった契機もまた誤判への不安が大きかった
といわれています。
よく
冤罪のリスクがあるから死刑制度に疑問を呈するという意見に対して、
それなら他の刑罰にも当てはまってしまうではないかという指摘をされることが
ありますが、上記の点で両者は決定的な違いがあるわけです。



P.S
死刑廃止論については、この冤罪のリスク以前の根拠があるわけですが、
(一言で言えば、生命を絶対的な人権として、いかなる場合も国家は
個人を死刑に処することができないとする。)
それは置いておきます。
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