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裁判員報道「指針」で自主規制の恐れも

田中龍作2008/01/18
裁判員制度スタートを来年5月に控え、日本新聞協会は裁判をめぐる取材・報道への「指針」を公表した。国民の知る権利に応え続けられるか、自主規制への恐れはないのか。マスコミの報道姿勢が懸念される。
日本 マスコミ NA_テーマ2
 普通の市民が裁判の審理に参加する「裁判員制度」のスタートを来年5月に控え、マスコミの業界団体・日本新聞協会は16日、裁判をめぐる取材・報道にあたっての「指針」を公表した。国民の知る権利に応え続けられるか、「自主規制」に陥る恐れはないのか、マスコミの報道姿勢が懸念される。

裁判員報道「指針」で自主規制の恐れも | <center>東京地裁・高裁・簡裁の合同庁舎(東京・霞が関)</center>
東京地裁・高裁・簡裁の合同庁舎(東京・霞が関)
 「指針」は、「容疑者を犯人と決めつけるような報道は国民(裁判員)に過度な予断を与える恐れがあるとの指摘もある」として、

 1)(警察や検察の)捜査段階での供述内容のすべてがそのまま真実であるとの印象を読者・視聴者に与えることのないよう記事の書き方に十分配慮する。

 2)容疑者の対人関係や成育歴などのプロフィルは、事件の本質や背景を理解するうえで必要な範囲内で報じ、前科・前歴はこれまでと同様、慎重に扱う。

 3)事件に関する識者のコメントや分析は、容疑者が犯人であるとの印象を読者・視聴者に植え付けないよう十分留意する。

 ――を列挙している。
                     
 03年3月に政府の司法制度改革推進本部は裁判員法の原案を示したが、それには「報道機関は裁判員に事件についての偏見を持たせないよう配慮しなければならない」との1条が盛り込まれていた。

 だが、これでは「偏見」に配慮するあまり、憲法の保障する「表現の自由」までも損なう恐れがある。法律家の間でも反対が強く、04年5月に成立した実際の裁判員法では、報道に対する規制は見送りとなった。

 こうした経緯から、今回の新聞協会の「指針」は、政府に法律で縛られてしまわないようにと、報道機関自らが先手を打ったとも受け取れる。

朝日新聞を2部取る裁判官

 筆者が駆け出しの頃担当していたある地裁に、「朝日新聞」を2部取っている裁判官がいた。1部はスクラップ用、もう1部は持ち歩き用という。

 これは職業的裁判官でも新聞報道を参考にしている、ということを端的に示す例だ。事件が発生して容疑者が逮捕・起訴され、被告となって初公判が開かれるまで、最短でも数ヶ月かかる。裁判官はそれまでに事件の背景や流れを知っておかねばならない。

 検察側の冒頭陳述では被告の生い立ちや周囲の環境などにも触れる。だが、それは「有罪を取る」ための序章に過ぎない。

 例えばA氏が事件を起こして法廷に立たされたとする。検事は冒頭陳述でA氏の人間関係について「被告Aは粗暴で、職場や近隣の人と抗争を起こすことも多々あり……」と「犯行と関係ありそうな」一面を述べるに留まる。

 A氏は権力者と諍いを起こすことはあっても、自分より立場の弱い人間を痛めつけたことはなかった、などという面は検事の冒頭陳述では省かれる。その点、報道は丹念に被告が育った生活環境から最近の人間関係までを伝えることができる。

 「指針」(2)が示す「容疑者の対人関係や成育歴などのプロフィルは、事件の本質や背景を理解するうえで必要な範囲内で報じ」は、当局側にとって都合の悪い情報を規制することに利用されはしないだろうか。

裁判員報道「指針」で自主規制の恐れも | 東京地検・高検・最高検の入る合同庁舎(東京・霞が関)
東京地検・高検・最高検の入る合同庁舎(東京・霞が関)
自主規制過ぎれば検察の筋書き通り

 「指針」(1)(3)は、大事件が起きて世間は騒然としているのに、「犯行を認めている」「否認している」といった供述の方向や識者のコメントを報道することを控えることができるのだろうか。

 (3)で「容疑者が犯人であるとの印象を読者・視聴者に植え付けないように留意する」と言っても、検事出身の弁護士がコメントすれば、容疑者がクロ(真犯人)に見えてしまうだろう。

 筆者が若い頃、警察の交通課長に「死亡事故でなくても慎重に書かんとアカンよ。裁判で過失相殺を争う時に『○○の報道ではこう言ってた』ということになるからね」と諭されたのを思い出す。

 ある警察の副署長は「(有名な)○○事件はマスコミが無罪にしよった」が口癖だった。報道への対応は副署長の職務だ。良くも悪しくも報道の威力を知っていたこの副署長は、実に上手く記者を懐柔していた。

 報道が、本来は一市民である裁判員に予断を与えることは確かだ。職業的裁判官でも上述したように報道から少なからず影響を受けるからだ。

 と言って、「影響のないよう」配慮の余り、自主規制が過ぎて報道が萎縮すれば、裁判は検察の筋書き通りに進んでしまう危険性がある。

 「指針」は「犯罪の背景を掘り下げ、社会の不安を解消したり、再発防止策を探ったりすることと併せ、捜査当局や裁判手続きをチェックする使命がある」としている。

 裁判員に予断を与えないように配慮しつつ、警察・検察や裁判所をチェックする、というのは相当に高度な業だ。記者クラブで官僚や政治家に飼いならされる記者がいるとしたら、そんな記者にはとうてい無理な芸当、というしかない。

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[32206] 新聞は消えてなくなればいい
名前:高橋七郎
日時:2008/01/19 01:02



今 真実を伝えるのはインターネットのみです。


インターネットまで押さえ込めるのでしょうか。


(政府はインターネットを抑えたいようですね。)



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