第21回「言論の自由を考える5・3集会」(朝日新聞労働組合主催)が5月3日午後1時から、兵庫県尼崎市の尼崎市総合文化センターで開かれ、560人が参加した。
この集会は、1987年5月3日の兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局が目出し帽をかぶった男に襲撃され、記者2人が殺傷された事件を機に、言論の自由を考え続けてきたものだ。亡くなった小尻知博記者は当時29歳だった。
小尻記者は29歳で亡くなったが、その事件は決して風化することはない。
集いで、老いたご両親の墓参りや、事件の様子を回想したDVD「誓い〜弔旗が風になるように〜」を見たら、私の心は悲しみに包まれ、涙が出そうになった。なぜ、彼が凶弾の犠牲になってしまったのか私にはわからない。ただ、報道の自由が踏みにじられたのは確かだ。朝日新聞を含め、ほかのマスコミも決して暴力に負けないにために、この集会を支え、継続してきた。
今回のテーマは「新聞の明日―没落か 再生か−」。基調講演は、河内孝氏(元毎日新聞社常務)、続いて行われたパネルディスカッションには河内氏のほか、中馬清福氏(信濃毎日新聞主筆)、佐々木かをり氏(イー・ウーマン社長)、川邊健太郎氏(ヤフー株式会社シニアプロデューサー)の4人がパネリストとして参加した。コーディネーターはジャーナリストの池上彰氏が務めた。
河内氏は「人口が増えない中、発行部数の競争をしていてもナンセンス。専売店が他紙の新聞を販売できるなど、工夫していかないと新聞業界に未来はない」と指摘した。中馬氏は「紙媒体はなくならない。新聞社同士やインターネットと共同でニュース作りを」と助言した。また、佐々木氏は「記者が普通の生活感覚を持ち、署名入りで記事を読みたい」と述べた。川邊氏は「新聞社とインターネットを融合し、より価値の高いニュースを提供したい」と語った。
今回の集いから私が強く感じたのは、現在の内容では、新聞は読者から支持されないのではないかということだ。解説記事を早く提供することや、独自の調査記事の展開などが必要だと思う。記者クラブに依存せず、現場主義の取材を増やしていくことが必要だ。要は、読者と新聞社の乖離がひろがらないことだと思う。
政治を含め、あらゆる権力をチェックする力が弱くなっている現在、新聞の再構築が強く求められていると感じる。
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