6月12日(水)午後3時より最高裁で、「NHK番組改編事件」最高裁判決がありました。
傍聴席47枚に対し、傍聴希望者が97名いたため、パソコンによる抽選となりました。残念ながら筆者は抽選に漏れ、裁判を傍聴することができませんでした。あとで裁判を傍聴した方からお話を伺うと、法廷の雰囲気は「権威的で、静かだった」ということでした。
不当判決
支援者のみなさんや報道陣と一緒に最高裁の建物に入っていく原告団と弁護団を見送ったあと、雨のそぼふる中、正面入り口の前で30分ほど待っていると、原告団と弁護団のみなさんが出てきました。
最高裁の判決は、原告の「敗訴」でした。
地裁や高裁で認定した(被告の)NHKらの責任を認めず、原告の訴えはすべて「棄却」するというものでした。原告団と弁護団はたいへん厳しい表情で、「不当判決」であることを、報道陣らに対し、強く訴えていました。支援者の中には、泣いている方もいました。
「不当判決」を訴える原告たち
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報道陣に「不当判決」を訴える原告代表
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記者会見の様子
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この裁判は01年1月に放送されたNHK「ETV2001」で、VAWW−NETジャパンらが主催した民衆法廷「女性国際戦犯法廷」が取り上げられ、当初の説明(番組内容が法廷をつぶさに追うドキュメンタリー)とはまったく異なり、判決の放送がされないなど、期待が侵害されるとともに説明違反があったとして、VAWW−NETジャパンがNHKと制作会社に対し、損害賠償を求めたものです。
1審では、製作会社・DJの責任のみ認められましたが、高裁では、審理終結直前に番組を担当したデスクが政治家の圧力があったと内部告発したことから、証人尋問が行われ、NHKの責任を認める判決が下されました。番組に対する政治家の圧力があったか否か、最高裁の判断が注目されましたが、その点については一切触れることなく、原告の訴えはすべて「棄却」されました。
記者会見
午後4時15分より、司法記者クラブで記者会見がありました。
注目されている裁判とあって、記者会見の会場には大勢の報道陣が詰めかけ、足の踏み場もないほど混みあっていました。「『消されたのは私たちです』NHK番組改編事件最高裁判決 原告記者会見」という横断幕の前で、原告団と弁護団は、最高裁判決の不当性を厳しい口調で批判しました。
弁護人
すべて棄却された内容の判決。問題は4つある。1つ目は、政治家の圧力の問題に触れていないこと。2つ目は、NHK上層部の番組に対する不当介入を認めたこと。3つ目は、(法廷で証言した)女性に甚大な被害を与えたこと。4つ目は、視聴者・市民への重大な裏切り。
原告
判決には唖然とした。メディアが守らなければならないのは誰か。権力から目をそむけ、取材協力者に目を向けた判決。知る権利が侵害された。
原告
高裁の判決が出たとき、NHKは謝罪すべきだった。国際社会に対して謝罪をすべきなのに、言い訳をし、上告した。最高裁の判決は非常に残念。(この問題を契機に)NHK、メディア、市民が考えを深めていくことを期待している。
弁護人
結論ありきの判決。具体的事実ではなく、一般論に終始している。負けたが、あまりにもお粗末で、説得力に欠ける内容なので、負けたと思えない。
弁護人
取材対象者は番組を一緒につくるパートナー。市民による市民のためメディアが広がっている。メディアと市民の信頼関係でいい番組を作ろうという考えが拡大していっている中で、その現実に目を向けていない。現場の自由についてまったく考慮せず、メディア上層部の編集権について考慮している。高裁の判決はNHKの責任について真正面から応えてくれたが、なぜ番組は改編されたのか、政治家の介入について、最高裁は真正面から判断しなかった。
原告
不当判決と敗訴は違う。今日の最高裁の判決は、不当判決。負けたと思っていない。7年間、この裁判をやってきた。その間に、NHKのデスクの内部告発があった。メディアの表現の自由、表現の自由に期待している。開かれた一歩であると信じている。
質疑応答
質問
負けたということだが、高裁の判決を根底から変えるのか。まったく(高裁の判決が)残らないのか。
答え
高裁の判決を踏襲している。期待権について、(取材対象者に)格段の負担が生じる場合は認められるなどとしているが、こんなことが実際現場で可能なのか。
質問
高裁判決の事実認定でよいとする認識か。
答え
そうだ。
質問
格段の負担というのは、なにを意味しているのか。
弁護人
なにを意味するのかわからない。結論あきりの判決。格段の負担というのも、あえてそのような言い方をしているだけで、見せかけではないか。
質問
これこれの負担があると主張したのか。
答え
NHKに対し、特別の便宜をはかった。インタビュー受けたり、準備段階での取材を許可した。ほかのメディアは2階だったが、NHKだけ1階での撮影を許可した。
結論ありきの判決。判決文の21ページに、「国民一般に認識されている」と書いている。世論を引き合いにして判決の正当性を主張している。判決に自信があるなら、法律の解釈はこうなんだと堂々と主張すればいい。自信がないから国民世論をバックにつけなければならない。情けない判決。
抗議声明
今回の判決に対する弁護団の抗議声明(「表現の自由は死んだ!〜編集権への政治家の介入を容認した最高裁判決」)の概要は、今回の事件のポイントは、政治家によるNHKへの圧力・介入によって番組改編があったのかという点であり、最高裁判決は問題を矮小化し、政治家とNHK上層部との接触だけを認め、番組改編がなぜ行われたのか、問題の確認についての判断を回避したこと。
取材対象者の期待が保護に値されるという「特段の事情」が「格段の負担」が生じる場合と限定したことで、ハードルをさらに上げた。この規定によって、メディアの編集権を不当に拡大させ、政治家やスポンサーの不当な圧力に基づく編集を自由に行うことを認めることになること。
この判決の結果、現場が委縮し、取材を受ける側も取材に応じることができなくなること。この判決は、憲法21条を「市民のための表現の自由」から「政治家のための表現の自由」に変貌させた歴史的な判決であり、国際的批判を受けることは間違いないこと。
筆者の感想
この裁判については、裁判の途中で番組改編に政治家の圧力があったとする内部告発があり、俄然、注目されたとの印象があります。メディアに対する政治家の圧力の問題が、瑣末な事実関係に話が矮小化され、肝心の政治家の圧力の問題が、NHKと内部告発を報じた朝日新聞の論争に終始してしまったことは、大変残念でした。
その意味でも、NHKの責任を認めた高裁の判決を受け、最高裁では事実関係を明らかにし、国民の知る権利にとって重大な問題である、メディアに対する権力(政治家)の圧力があったのか否か、最高裁の判断が示されることが期待されましたが、残念ながら、原告の主張はすべて棄却されました。
不当判決を訴える原告団や弁護団のお話を聞きながら思ったのは、整理券配布所に並んでいたとき、近くの女性たちが話していた裁判員制度についてのやり取りです。裁判員制度が導入されても、自分の出世しか考えないような裁判官がいる限り、司法改革はできない。悪い判決を出す裁判官の片棒を担ぐために国民が利用される裁判員制度導入は危険だという内容でした。まったく、その通りだと思いました。
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