兵庫県西宮市で1974年に起きた「甲山事件」で逮捕された山田悦子さんは警察発表を鵜呑みにした新聞やテレビ報道によって著しい報道被害を受けた。それから35年経ったが犯罪報道の実態はあまり変わっていない。山田さんを交えて「今、報道を考える−報道の今昔この35年で報道は変わったのか」(主催:人権と報道関西の会、関西マスコミ文化情報労組会議)と題したパネルディスカッションが24日、大阪市内で開かれた。山田さんは「市民の自由は報道でしか守れません」などと話し、報道被害当事者だがジャーナリズムへの期待は持ち続けていることを明かした。
甲山事件は逮捕から釈放、再逮捕、差し戻し、控訴棄却などの過程を経て1999年に無罪が確定した。事件から25年も経ってようやく嫌疑を晴らした山田さんは最初の逮捕時の報道について、次のように語った。
「新聞の記事によって全国津々浦々に報道され、自分が事件の犯人になっていることを知り、大変驚きました。それまで新聞を信じていましたが、新聞はウソを書くんだと思いました。読売新聞の記事では『暗い青春時代の女』と書かれました。複雑な家庭環境ではありましたが明るく生きていたので、記事は心に突き刺さりました。それから21年間、膨大な記事が書き続けられました」
そして「私をあまり知らない人には、犯人だという意識が刷り込まれてしまい、それを回復することは不可能なんです。無罪が確定しても市民として地に足をつけて生きられる状況ではありませんでした。私の友人たちの中には保育園を経営している人もいますが『働きに来ないか』とは言ってくれませんでした」とひとたび報道されてしまえば名誉を回復することは難しいことを訴えた。
そして、「報道が国民、市民の自由を守らないと、守ってくれるものがないのです。報道が持つ力、重要性はこの社会の中でとても大事な役割があると思っています」と報道被害者の立場ではあるが、ジャーナリズムが果たす役割への期待は捨てていないことを話した。
甲山事件で弁護人を務めた高野嘉雄弁護士は「この事件について新聞記者が山田さんが犯人だとされていることについて疑問を持たなかったことは信じ難い」と話した。「普通の市民感覚でこの事件を見た場合、殺人事件とイメージすること自体が根本的におかしいのです。記者たちに事件の事実を報道しようとする姿勢が無かったと言わざるを得ません」と、強い口調で不信感をあらわにした。事件時の状況からして園児が殺害されたことは考えにくいのに、警察発表を鵜呑みにした記者たちを批判した。
報道の現場からは朝日新聞で事件記者の経験がある新聞労連の豊秀一委員長と毎日放送報道局の小林正典記者が参加した。豊委員長は高野弁護士が記者の感覚に疑問を呈したことについて「入社して1、2年は警察担当になり、警察が唯一の情報源となります。現場に行って事件に関わった人のプロフィールや生い立ち、顔写真を入手するなどします。上司からは特ダネを書けと言われますので、そうした中で記者が事件の構図を見ることが出来ていなかったのではないでしょうか。それは甲山事件の時と今を比べても本質的に変わっていないと思います。そこを変えていかなければならない、何とかしなければならないと考えています」と説明した。
小林記者は「私の場合は最初、警察担当ではなく行政担当となりましたので、事件に対して素人の感覚で向き合えたのではないかと思います。甲山事件では特集番組を組みましたが、すでに事件について記者として入り込む余地はなかったので、私と同年代だった女性弁護士の視点から見た事件報道をしました」と事件との関わりについて話した。
女性弁護士は司法修習生時代に裁判に立ち会い、検察が出されては困る資料として園児の胃の中を撮影した写真が20年目に初めて出されたことに驚き、検事志望から弁護士に志望を変えたという。後に弁護団に加わった弁護士の視点で報道することで市民感覚に近い報道が出来たようだ。
後半は裁判員制度と報道の関係に話が及んだ。豊委員長と小林記者は新聞協会や日本民間放送連盟が裁判員制度開始にあたってまとめた取材・報道指針に基づいて各社が報道の在り方について検討していることを説明、マスコミとして裁判員に予断を与えるような報道は戒めるべきだとした。
高野弁護士は証拠に基づいた審理をすれば、それほど報道の影響を受けることはないだろうとの見解を示したが、山田さんは市民は報道の影響を受けやすいとし、「完全一致を見ないままに被告人のその後の行く末を決める制度には危惧を抱く」と、制度そのものに疑問を投げかけた。
シンポジウムを通じて山田さんが受けたような報道被害が本質的には全く変わらないまま今も続いていることが浮き彫りになった。その中でマスコミの中では事件報道で記者の力量を測る傾向が薄まっていることも明らかになった。事件の当事者をあげつらう記事ではなく、事件がもたらす背景や社会的な影響について報道することが重要だとの指摘もあった。呼び捨てから容疑者呼称にしたり、匿名報道への取り組みなどもあったが、35年もの歳月を経ても変わらない状況についてマスコミは猛省する必要がある。
【甲山事件】1974年3月、兵庫県西宮市内の知的障害を持つ子どもたちを預かる「甲山学園」で園児2人が行方不明になり、1人は事故死とされたがもう1人の園児については殺害されたとして当時、保母として当直をしていた山田さんが殺人容疑で逮捕された。無実を訴えた山田さんの裁判は25年続き、99年9月に大阪高裁が検察の控訴を棄却して3度目の無罪判決で、ようやく山田さんの無罪が確定した。