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「カナダではマスク姿なし・報道控えめ」「機内検疫にどよめき」「研修から帰国の高校生」 「カナダでは新型のインフルエンザはあまり話題になっておらず、生徒らは機内検疫のものものしさに驚いた。……現地の新聞ではほとんど報じておらず、街中にもマスクをしている人はいなかった。」 これは研修旅行で感染者が出た高校生たちの様子を報じた朝日新聞の記事です(5月12日大阪版、28面)。カナダのマスコミと日本のマスコミの違いに驚かされます。それにしても、自分たちが騒ぎを引き起こした当事者でありながら、カナダの事情を他人事のように書く、この「客観性」にはあきれます。それとも、この記者は「カナダのマスコミはなんて無能なんだろう」と思いながら書いたのでしょうか。 高校生だけでなく、海外から帰ってくる人たちの多くは日本のものものしさを見て、新型インフルエンザへの対応の差に驚いているようです。私の周囲にも慌てて1週間分の食糧を買い込んだ人がいます。「日本のマスコミは世界1」としたタイトルの意味は新聞の発行部数のことではなく、たいして重要でないことを国中に「大変だ」と信じ込ませる能力を指しています。つまり優れた煽動能力です。 新型インフルエンザに対する海外の反応は断片的なものしかわかりませんが、カナダや米など患者が自国で発生している国でさえ、日本よりずっと静かな印象です。日本の対応が世界の中で突出したものであることは、ほぼ間違いないだろうと思われます。 誰が指令したわけでもないのに、同じ方向へ群れをなして突き進む。私にとってはこの日本のマスコミの方が新型インフルエンザよりも恐ろしいものに映ります。マスコミが一斉に同じ方向に流れるとき、合理性が軽視されるのは食品関連の事件などにも見られました。 もっとも顕著に現われ、最悪の結果を招いたのが太平洋戦争(立場によって「大東亜戦争」と呼ぶこともありますが、どうでもよいことです)に於けるマスコミでありましょう。戦争に向けて国民を鼓舞したマスコミの積極的な協力がなければ、あのような戦争はできなかったと思われます。 新聞が戦争協力へと転換したのは満州事変直後であると言われています。軍の圧力に対し、若い社員の「社がつぶされても反抗すべきではないか」という問いに対して「私もそうしたいと思うが、万余の従業員やその家族があすから路頭に迷うことを考えると私にはできない」と言った毎日新聞の高田編集主幹・総長・代表取締役の言葉は、この辺りの事情を物語っています。 新聞がウソを書いて売るということは、食品会社が有害なものを混ぜた食品を売るに等しい行為です。つぶされるかもしれないという選択が困難であることも理解できますが、結局、新聞各社は反抗ではなく、有害物の販売を選んで販売部数の大幅拡大を得て繁栄し、国民は辛酸を嘗めることになりました。 (参考記事: 新聞の戦争責任・・・付和雷同の精神は今も健在) 軍の圧力を受け、やむなく消極的に従うのは理解できます。しかし、その後実際に起こったことは、新聞各社の軍に対する積極的・自発的な協力でした。これは軍の圧力だけでは説明できず、別の説明が必要であると思われます。付和雷同する群集のように自ら判断することを放棄した結果なのでしょうか。少なくとも戦前の新聞の不合理・不可解な一斉行動は、今回の新型インフルエンザへの一斉対応と通底するように思います。 戦前、日本のマスコミは制御不能となった実績をもっていますが、今もなお条件次第ではモンスターになる素質を温存しているように感じます。 |