新聞労連・豊 秀一委員長(11月4日、大阪市内で)
望ましい記者クラブについて議論
――新政権下で記者会見の開放について議論が沸き起こりました。こうした現状をどうとらえていますか。
豊 記者会見のオープン化については歓迎すべきことだと思っています。新聞労連の立場としては94年にすでに提言をまとめており、記者クラブ加盟いかんにかかわらず、会見参加は自由にすること、記者クラブが要求した会見であっても同様であることなどを示しています。02年にも同じ趣旨の確認をしています。基本的には記者会見はオープンにし、知る権利に奉仕するためにもチャンネルが増えるという意味では歓迎すべきです。
――ところが首相会見ではフリーのジャーナリストは排除されました。その際に首相の意向ではなく、記者クラブ側の意向が働いたのではないかという批判があります。
豊 前提となる事実を確認する必要があると思いますね。読売新聞の記事によると、<首相官邸では9月16日の首相就任会見に、首相官邸記者クラブに所属していない雑誌・専門誌記者10人が初めて出席した>とあります。また<この際、官邸側からネットメディアの記者やフリージャーナリストの参加について提案はなかった>としています。
それぞれに主張と争いがあるのでコメントはしづらいですが、仮に記者クラブ側が排除したということであれば、オープン化の流れに逆行するものであり、参加させるのが筋だと思います。記者クラブ側が排除するというのは一般論としては受け入れられないでしょう。
――新聞労連としては記者会見や記者クラブについて今後はどんな対応をしていく方針なのでしょうか。
豊 94年と02年の提言を踏まえ、新政権下で記者会見がオープン化されつつあるという流れの中で、記者会見や記者クラブ問題について新聞労連としてきちんとした対応を示すことが必要と考えています。10月31日に全国の新聞労働組合の新聞研究部部長会議があり、そこでも今後、議論していこうということになりました。
具体的には在京の大手紙や通信社の新聞研究部のメンバーや、記者クラブ問題に関心がある全国の記者を集めて、この時代にどういう記者クラブのあり方が望ましいのか叩き台を作る方針となりました。月1回ずつの議論をしていき、来年の4月か5月にはシンポジウムを開いて叩き台を示しながら、市民にも参加してもらって公開の場で議論していきます。
権力に対する内視鏡の役割を果たすべき
――新聞研究部会議で出席者にアンケートを取ったところ、記者クラブのあり方について「記者クラブ自体は必要だが、何らかの改革は必要」とする意見が84%を占めたということですが、改革は進むのでしょうか。
豊 これまでの新聞労連の提言の中でも抜本的改革を実は謳っているんですね。例えば記者クラブの構成については基本的に希望する全ての取材者に開かれるべきであるとか、加入についてもメディアの違いによって排除すべきでない、などです。記者室についても公権力の情報を取るためのアクセスポイントとして独占してはならない、他のメディアも使えるようにすべきだとしています。
新聞協会もオープン化を言っていますが、にもかかわらず現場とのギャップが大きいということが最大の問題なのかなと感じています。新聞労連としてはメリハリのあるアピールをしていく必要があるのかなと思います。というのは現場に議論をどう下ろしていくのか、現場でやっている人たちとの乖離をどう狭めていくのかが課題になるということです。
――記者クラブ問題を論じる際にその功罪が議論されます。その点についてはいかがでしょうか。
豊 功罪を考える際に基本的な視点として、報道機関になぜ報道の自由や取材の自由について憲法上の保障が与えられているかを抑えておく必要があります。報道機関が多様な情報を流し、それに基づいて市民1人1人が理性的な判断をしつつ、こういう社会、こういう政府を作っていかなくてはならない、政策がおかしければ別の政府を作るという民主主義を支える土台となる情報を流すことが知る権利に奉仕することになります。
それでいうと、先輩の記者の言葉を借りれば記者クラブは権力の内視鏡であるべきということではないでしょうか。各省庁、国会を含めて権力に組織ジャーナリストが24時間張り付いている、常に中に入っていることが重要です。
罪の部分で言いますと、当局との関係でミイラ取りがミイラになってしまう恐れもあるわけです。官僚の論理、政治の論理に支配され市民にどう伝えるかを見失う危険性もあります。それは公共空間をゆがめることになりますから問題です。あとフリーの人たちを排除するということになれば、情報にアクセスする自由を奪うことになり、言論の多様性をも奪うことになるので大きな問題です。
記者クラブ批判はオープン化で解消
――記者室についてですが、行政の中の空間を無償で提供を受け、場合によっては通信インフラまで税金でまかなっていることが、市民の理解を得られないのではないでしょうか。その上、外部の取材者を入れないということになれば公平性を欠くのではないですか。
豊 本来、負担すべきところは各社で負担すべきだと思います。先ほどの権力に対しての内視鏡という観点で見れば、市民の知る権利に奉仕し、公共の福祉に合致するというのであれば、行政や政治の側が情報を提供することは責務ですから、公共のスペースを割くというのは民主主義のコストとして必要なのかなと思います。
――インターネットや雑誌などであふれている記者クラブに対する洪水のような批判、意見についての反論はありますか。
豊 個々の記者クラブ批判について全て見ているわけではありませんが、基本的にオープンにして競争すればいいのではないでしょうか。決して敵対するものではなく、チャンネルが広くあればいい話しなのであって、組織でやっているメディアと、フリーの人、雑誌ではそれぞれ視点が違うのですから、誰にでもアクセスできるようにしながら、切磋琢磨すればいいのではないかと思いますね。
ことさらに記者クラブ側が閉鎖的になるほど既得権を擁護しているという風に見られてしまう。そこはオープンにしてそれぞれが何をやっているのか見えるようになれば、批判の中で当たっているものもあれば、当たっていないものもあるでしょうし、そこはオープンにして全てさらけだすことで解消していけばいいのではないでしょうか。
――新聞労連ではこれまで、フリージャーナリストの上杉隆さんや、記者クラブや警察批判で有名な寺澤有さん、上智大学の田島泰彦教授ら様々な方々を招いて意見を聞いたり、勉強をされていると思いますが、それがどう組合員たちにフィードバックされているのか、また、新聞労連としての意見や考えは市民に向けてどう発信されているのかお聞かせ下さい。
豊 上杉さんに関しては今年6月の新聞研究部中央集会にお招きしましたが、その様子は冊子にまとめて組合員に配布しました。その他も含めて具体的に改革の運動にまで届いているかというと、そこには至っていません。そういう議論を周知しているということに止まっています。
予定している記者クラブに関するシンポジウムについては、できれば閣僚クラスにも来ていただき、記者クラブを批判している方々、必要性を感じている方も招いて、どういう記者クラブのあり方がふさわしいのか、きちんと議論できる場になればと思っています。シンポジウムの様子や、これから新聞労連として出す意見や提言は、市民誰もが見られるようにホームページで公開していきます。
記者クラブについての新聞労連と新聞協会の主な対応
記者クラブ問題は数十年にわたって様々な場で議論されてきたが、政権交代によってインターネット上やフリージャーナリストの側から、そのあり方について疑問や課題を指摘されている。記者クラブ問題全体についての考証は改めて行う必要があるが、今回、豊委員長のインタビューに際して、批判・指摘される側の立場である日本新聞協会と新聞労連の主な動きをまとめてみた。
*1994年6月:新聞労連が記者クラブ改革についての提言をまとめる。主な点は(1)市民の知る権利に奉仕するために記者クラブ、記者室は必要(2)記者クラブは公権力に対して情報収集権の集団的行使を行うための自治組織である(3)記者室は原則、取材者だれもが利用できる(4)情報公開制度の確立が求められ、記者クラブ改革の実効は同制度実現とも密接な関係にある−の4点。
*2001年10月:長野県の田中康夫知事(当時)が「脱・記者クラブ宣言」を行うなど記者クラブ問題が再浮上、新聞労連は同宣言を考えるシンポジウムを開催し、記者クラブ改革の方向性について案をまとめる。
*2002年1月:日本新聞協会が「記者クラブに関する日本新聞協会編集委員会の見解」を発表。記者クラブは「取材・報道のための自主的な組織」とした上で「より開かれた存在であるべき」とし、記者会見の開放を訴える。
*2002年8月:新聞労連が「21世紀の記者クラブ改革にあたって−私たちはこう考える」を発表。希望する取材者が平等に使用できる「取材センター」の設置や記者会見を取材者すべてに開くことなどを提言。
*2006年3月:日本新聞協会が見解の一部を改定。「新たなメディアからの記者クラブへの加盟申請や記者会見への出席要請に対して、報道という公共的な目的を共有し、報道倫理を堅持する報道機関、記者クラブの意義・役割を理解・尊重し、運営に責任を負う報道機関には、クラブは開かれた存在」であり続けることを確認。
*2009年9月:新聞労連の新聞研究部で記者クラブ問題についての意識調査を実施、記者クラブのあり方について「記者クラブ自体は必要だが、何らかの改革は必要」とする意見が約8割を占める。新聞労連は記者クラブのあり方について叩き台を示す方針固める。