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佐渡島に流人文化を訪ねた

福田徳郎2008/06/08
横浜周辺に住むシニアの歴史散歩の会「古往今来の会」は新潟県・佐渡の流人文化と歴史を訪ねる二泊三日の旅をした。島のお寺の好意で非公開の世阿弥のお面などを拝観する盛りだくさんの旅だった。
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佐渡に流人文化を訪ねた(6分52秒)

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 佐渡は隠岐、土佐、伊豆などと並んで王朝時代以来、遠流の地だった。日本書紀にも穂積朝臣が流されたのを初め、承久の乱の順徳上皇、日野資朝、宗教家の日蓮、芸能者の世阿弥など71名の著名人が佐渡に流罪になっている。

佐渡島に流人文化を訪ねた | <center>(写真左)トビシマカンゾウ咲く岬=大野亀  (写真右)世阿弥の木像</center>
(写真左)トビシマカンゾウ咲く岬=大野亀  (写真右)世阿弥の木像
 佐渡の自然は6月に咲く花々が大歓迎をしてくれる。大野亀のトビシマカンゾウの群落、ハマナス、ハマヒルガオ、イワユリが咲き競う海岸では、断崖に打ち寄せる潮の香に混じって花々の香りが足下から匂い立ってくるのだ。

 味覚の良さも含め、観光地めぐりではなく至福とも言える2泊3日の旅を、写真と動画でご披露したい。
佐渡島に流人文化を訪ねた | <center>大膳神社の「薪能」の出し物は「土蜘蛛」だった</center>
大膳神社の「薪能」の出し物は「土蜘蛛」だった
 その「時代の人々のあしあと」と、年に1度、6月1日夜に催される大膳神社の薪能を拝観した後、北前船に代表される和船時代の港の小木、宿根木などを巡り、島の北端にある大野亀のトビシマカンゾウを鑑賞したり−という欲張りなメニューを消化してきた。

 一行24名は、東京駅から新幹線で新潟へ。ジェットフォイルに乗り換えれば佐渡はもう指呼の間で、出発から4時間足らずで島の土を踏んだ。

佐渡島に流人文化を訪ねた | (写真左)順徳上皇の御陵  (写真右)世阿弥雨乞いの面「べしみ」
(写真左)順徳上皇の御陵  (写真右)世阿弥雨乞いの面「べしみ」
 鎌倉幕府を諌めた日蓮が流され越冬したというあばら屋があった根本寺、佐渡島滞在が22年に及び命尽きた和歌の達人・順徳上皇の御所跡と御陵、そして室町時代の芸能の大成者・世阿弥。それらの文化を堪能し、金銀鉱山の過酷な労働の一端もかいま見ることが出来た。

(以下の写真はクリックで拡大します)

佐渡島に流人文化を訪ねた | 日蓮が冬を過ごした新穂の根本寺・塚原三昧堂跡
日蓮が冬を過ごした新穂の根本寺・塚原三昧堂跡
佐渡島に流人文化を訪ねた | <center>これはおごりのタイの刺身!</center>
これはおごりのタイの刺身!
佐渡島に流人文化を訪ねた | <center>小木はツユソバも美味なのだ</center>
小木はツユソバも美味なのだ
佐渡島に流人文化を訪ねた | <center>カンゾウの咲く大野亀で記念写真</center>
カンゾウの咲く大野亀で記念写真
佐渡島に流人文化を訪ねた | 廃校の教室で童心に帰ったひととき(旧小木小学校)
廃校の教室で童心に帰ったひととき(旧小木小学校)
佐渡島に流人文化を訪ねた | <center>千石船の前で記念撮影</center>
千石船の前で記念撮影

ご意見板

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[34921] うーん、ナイスタイミングな取材です。
名前:板倉あつし
日時:2008/06/13 01:14
私も昨年佐渡の取材をしましたが、今回は能舞台!
とても良いタイミングでの取材、お見事です。
[34781] 佐渡
名前:村上久三郎
日時:2008/06/08 23:35
 この記事と小町谷様のご意見を拝読し、つい昔のことを思い出しました。
 私の話も50年前のことですが、生家で養蚕をしておりました。養蚕の先生が佐渡出身の方で、よく私の生家に指導に来たものです。今、その生家は空き家になり寂しくなりました。
時の流れをしみじみと感じています。
母はよく「佐渡の人は人がよく、頭が良い」と言っていました。
是非一度行きたくなりました。
[34779] 佐渡島に流人文化を訪ねて
名前:小町谷輝子
日時:2008/06/08 21:46
楽しそうな同窓会のようなお写真を拝見し、佐渡島を二泊で訪ねられたことはとても羨ましく思って居ります。
カンゾウの咲く岬は写真に撮りたい絶景ですね。
薪能のお写真の迫力には鳥肌の立つ思いで拝見しました。
また、美味しそうなお刺身やおそばなど、興味をそそるものばかりで、皆様はよき思い出を沢山持ち帰りになったことでしょう。次の企画も拝見するのを楽しみです。
さて、私ごとですが50数年前、荻窪の中学の数学の先生は佐渡の出身で、ご自分の育った土地を「貧しい田舎だけれど、皆いい人柄で大人になったらぜひ訪ねてほしい」と何度か口にしていました。その言葉をいまだに忘れず、そのような素朴な教師と生徒の関係をとても懐かしく思い出しています。
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