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「赤い羽根共同募金」ポスターの変遷

Esaman2009/12/30
 「ボランティア・市民活動のつどい」が愛知県産業労働センターで開催されました。
 愛知産業労働センターは、名古屋駅前のミッドランドスクエアのすぐ裏手にある建物です。
 このボラフェスは、愛知県社会福祉協議会が主催したもので、色々な市民団体、ボランティア団体が出展していました。

「赤い羽根共同募金」ポスターの変遷 | 上段:昭和22〜24年。
下段:昭和39〜41年。
初期のポスターは炊き出しをしており、その丼には『母子寮』『引揚』『孤児』『罹災』『養老』などの文字が見える。(撮影すべて筆者)
上段:昭和22〜24年。 下段:昭和39〜41年。 初期のポスターは炊き出しをしており、その丼には『母子寮』『引揚』『孤児』『罹災』『養老』などの文字が見える。(撮影すべて筆者)
 会場にはいくつかのブースが出展されていましたが、自分が注目したのは、赤い羽根共同募金のポスターが勢ぞろいしているものでした。

 戦争直後は『炊き出し』『アメリカ由来』などが前面に打ち出されていますが、時代を経るにつれて、イメージが変わってゆく様子が面白いものでした。

「赤い羽根共同募金」ポスターの変遷 | ズラリと並んだ赤い羽根のポスター。
ズラリと並んだ赤い羽根のポスター。
 また、バブル期は、デザインがイマイチになっているという印象を受けました。
 どうしてなのでしょうか?

「赤い羽根共同募金」ポスターの変遷 | 上段:昭和35〜38年。
中段:昭和52〜55年。
下段:平成5〜9年。
上段:昭和35〜38年。 中段:昭和52〜55年。 下段:平成5〜9年。

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