伊藤和子さんは弁護士であり、かつヒューマンライツ・ナウの事務局長を務め、多忙な毎日をおくる。
ヒューマンライツ・ナウ 誕生の経緯とは
ヒューマンライツ・ナウは2006年に作った団体で、まだ2年たっていません。呼びかけ人は様々いますが、私が事務局長です。会員は500人です。スタッフは弁護士が約15人(ボランティア)ほど、ほかに事務所スタッフ、プロジェクト・メンバー、学生インターンなどで構成されています。
ヒューマンライツ・ナウの活動は、国境をこえて世界の人権問題に取り組む、ということです。
海外で深刻な人権侵害の問題があったりしても、その問題について日本人が非常に無関心だな、と、イラクやアフガニスタン戦争のときに、つくづく感じました。人権侵害の被害者たちの聞かれていない声をもっと人々に届けることができないか、と思ったのです。いままで日本の弁護士は、国内の人権の問題を一生懸命やってきたんですが、少し海外に出てみると日本では考えられないようなひどい人権侵害がある。
殺されたり、空爆されて家を失ったり、自由を求めただけで拘束される人たちがたくさんいるわけです。それで、そういう人たちの被害をなくすために、現場の人と一緒に何か活動して行くことができないかと。
具体的には、法律家としての力を行使したり、国連を動かしたり。そんな活動はできないだろうかと思いました。人権侵害の調査や告発、改善のための様々なアドボカシーやキャンペーンです。
アメリカでいうとヒューマンライツ・ウォッチ、イギリスならアムネスティ・インターナショナルみたいな人権活動があるわけです。そこで、日本とアジア地域の人たちが一緒になって人権を守る活動をしていくことはできないかということで始めたのがヒューマンライツ・ナウです。
めざすはプロフェッショナルなNGO
当団体は、ボランティアではなく、プロフェショナルな団体にしたいという志向に基づいてやっています。しかし、日本の場合、アドボカシーとか、事実調査とかに対して、または、そもそも“人権”にお金を出すという習慣や環境がないですね。「貧困」までは理解され始めたけど、「人権」については、まだ問題に取り組む必要性を感じている人が少ないんじゃないかと思います。
弁護士が手弁当で日本の人権活動をほそぼそとやっていればいいみたいな雰囲気があります。そんなこともあってか、日本の人権の水準は、今や韓国のNGOに抜かれています。国には国際的な問題を扱うNGOがあって、お金があちこちから出ています。スタッフをたくさん雇って活発にやっているわけです。そういうところでも日本は抜かれていると思います。
人権や政策提言にお金を出すという文化が日本にはこれまであまりなかった。サイクロンのような緊急救援みたいなことであれば、一時的に多額のお金が集まったりするんですけど、もう少し、仕組みを変えるため、政策提言にお金を出そうという、そういうところに目をむけてほしいですね。
そんなわけで、うちは会費と寄付で運営しています。企業からの寄付はいただきたいと考えてますが、国からお金を得るのは慎重であるべきだと思います。予算規模の中で国からの助成が大きいとなると、人権NGOとしての独立性を確保する意味でよくないと思います。今のところ政府からの資金は、一切受け取っていませんが。
調査 アドボカシーで実績をつみあげる
ヒューマンライツ・ナウは、もちろん、反政府を目的とした団体ではなく、むしろ人権の実現のために政府に提言をしています。
世界、特にアジアの人権侵害を解決するために、主要援助国である日本政府が人権外交を展開し、人権問題解決のためのイニシアティブを効果的に発揮してほしいと思っていて、そのための提言を行っています。
事業の中心は、アジア地域です。例えば、去年、一生懸命やっていたのはフィリピンの人権侵害−政治的殺害です。2001年以降、軍が関って人権のために活動する人を数百人という単位で殺害している。この問題について団体として調査ミッションを送り、報告書を作成し、国連の専門家を日本にも招いて(日本は主要援助国として大きな影響力を持つ)日本政府からも人権侵害をなくせ、と強く働きかけをして欲しいと要請しました。
人権活動をしているからという理由で軍や政府に殺されてはならないというのは、近代国家だったら当たり前のことです。根本的なことで、日本もトップ・ドナーというきちんと声をあげなければならない問題です。それをきちんとやっていただこうと働きかけた。この問題では、政府とのODA政策協議会の場で、かなり問題にしました。「この国の人権状況がこれほど悪い以上、ODAを供与するのは誤ったメッセージを送ることになる。円借款は行うべきではない」という議論をしました。ただ、ODAを止めろとだけ言っているのではない、人権状況をよくするために世界にむけて発信し、役割を果たすべきだという働きかけですね。
フィリピンの問題は、日本だけじゃなく、世界的にも様々な活動があった結果、今では殺害される人権活動家の人数はかなり減ってきたそうです。人権侵害の真相究明や責任者の処罰はまだ進んでいないんですが、少なくとも、「世界中みんなが見ている、あなたの人権侵害に無関心ではない」ということを示すことがすごく大事なんです。国際的な注目が集まっているということは、それ自体、人権侵害ができない状況を作り出しているんです。
ビルマも2回、調査しています。昨年9月と今年2月に、タイの国境地帯訪問、今年は、武力弾圧から逃れてきたお坊さんや市民などにインタビューし、報告書をまとめました。国会議員の先生にも調査に行ってもらい、もう少し声をあげてほしいと申し上げて議連に働きかけを行なったり、国会議員に国会質問でビルマ問題を取上げてもらったり、そういう活動もしています。
日本でのアドボカシーは、日本政府、外務省に直接働きかけるということ、国会議員の先生を通じて働きかけるやり方があります。
国際的には、世界のNGOと連携して国連などに声を上げる、という方法もあります。ビルマについては昨年9月の武力弾圧の直後、アジアのNGOと一緒に国連人権理事会の緊急会合を開催することを求める公開書簡を発表して、実現したり、最近は、G8諸国にスーダンの人権侵害に対する明確なコミットメントを声明で発表することを求める国際キャンペーンの一員となっています。
教育活動にも力を入れ始めた
人権教育的な活動もやっています。ビルマについては、タイとビルマの国境にある法律学校で若者に人権教育をするお手伝いをしています。ビルマから避難してきた弁護士たちの集まり・ビルマ法律家協会という団体が直接にやっています。ビルマでは、人々は「民主化のための国民投票をします」と軍政に言われて、軍政を延命させる国民投票が成立したりしています。
日本と違って司法制度が機能していないので、強い者による人権侵害が横行しています。将来民主主義をつくっていくために、じゃあ、民主主義って何だとか、国際的に確立された人権って何だとかを教えることにしようということで法律家学校が国境に設立されました。1回、休校しましたが、現在日本から資金を出せないか調整しているところで、再開したところで日本からも人材を送って教育支援をしたいと思います。
例えばビルマでは、日本が資金提供する場合もありますが、軍事政権がダム建設などの開発プロジェクトをやる、すると、だいたい、強制労働が発生します。普通に山岳地帯で生活していた人が、強制的に何の保障もなく土地から追い出され、働かされる。女性は荷物もちをさせられ、夜は料理を作って、その後、レイプされてみたいな悪循環ですね。しかし、それを人権侵害とは思っていない。解決する方法もない。諦めてしまう。そんななかで、法律や人権を勉強しよう、という動きがでてきたのです。
中国に関しても、中国の人権問題も大変ですから、中国で人々の権利のために活動しようとしている公益弁護士への支援もしています。ほかには、アジア地域の 「女性に対する暴力」を調査して改善をもとめるプロジェクト、日本のODAを人権の視点から監視するチーム、カンボジアでは、ポルポト裁判を人権の視点からモニタリングするプロジェクトなどがあります。
G8への取り組みは?
直接G8に働きかけたいと思っています。当面、アジェンダに入りそうで効果が期待できる問題というと、ビルマとスーダンではないかと思います。ただ単にG8諸国がビルマを非難したり、スーダンを非難する声明を出してもしょうがないと思います。
実際、そういった当事者との関係、ビルマとかアセアンの人を含む形で議論ができるスキームを作ったり、中国やアセアンを含めてビルマの民主化を実現するための話し合いのテーブルをどうやって設定していくかとか、そういったことにまで実質的な協議が及べば大きなインパクトがあるんじゃないかと思っています。最終的な文章として非難するとか、懸念するとか、そういうものが出るのは当然、あるべきだと思います。
問題は、懸念を共有する国々が、人権を促進するためにどういうスキームを作っていくのかを、G8の機会にきちんと議論するということじゃないかと思います。G8諸国のなかでも、ビルマに対する国際的な協力とか、非難とか、対応がまちまちで、付け入る隙を与えているなと思います。
サイクロンの後の支援国会議で、軍事政権は「人的な援助も受け入れる」と表明し、「めでたし、めでたし」と言っている間に国民投票法が成立して、軍政を維持する憲法ができてしまった。アウンサンスーチー氏の軟禁が延長されたり、民主化に逆行することを勝手にやっている。サイクロンに対する人道援助を進めるために黙っておきましょうというのはよくない。
NGOフォーラムでは、人権ユニットに所属していて、オルタナティブ・サミットに参加します。テロ対策の関係でいろいろな人が日本に入国できなかったり、G8会議の周辺にすらアクセスできない問題があり、人権ユニットではこうした「サミット開催のあり方」についても懸念を表明しています。私たちはオルタナティブ・サミットの場でもビルマの問題を取上げると思います。また、スーダンやチベットの問題もあります。
G8が世界の主人公だというのは、おかしい。サミットでは、G8諸国みずからが犯している人権侵害に対する責任にまで話が及ぶべきだと思います。G8の中には、テロとの戦いによって人権侵害を世界に蔓延させている張本人がいるわけで、そのことにそろそろ正面から向き合うべきです。それにアフリカの紛争は、先進国が武器供与していることも大きい。人権侵害の責任を負っていると思います。今年のG8の枠組みは、ブッシュ政権なので難しいでしょうけれど、アメリカの政権が交代することでG8のあり方も変わる可能性がある。
最近のクラスター爆弾については、合意する方向に進んでよかったと思っています。ほかに、劣化ウラン弾、核問題、小火器、武器輸出問題がある。ひとつひとつ合意していくべきだと思っています。