G8NGOフォーラム 星野昌子代表。
ラオスとタイで国際協力の意味を考えさせられる
私は、1965年に青年海外協力隊に入って、日本語教育部門でラオスに行きました。そのラオスが6年、そのあと、1971年からタイに11年いました。希望に燃えてラオスに着任した時、日本語の教師について、文部省ははっきりと「実はいらなかったんだ」と言うわけです。
日本の税金で送られていった私は、「国際協力って何なんだ」と。ショックだったというか、だったら「どうせ国際協力をするのなら相手が本当に必要とするものがいい」「じゃあ、相手が必要とするものは何なのか」という辺りがずっとひっかかってまして。
ベトナム線が激しくなった70年代、タイに滞在するころには、反日の洗礼を浴びました。逆に日本のあり方みたいなものが変わらないといくらボランティア団体がいろんなフォローをしても、大きいところは全然変わらないと思いました。そうしたときに、ベトナム・カンボディアからの難民がタイに押し寄せて、1980年にJVCの設立ということになるんですね。
JVCの活動は約10年続けました。離れてからもいろいろな形でこの分野というか、世界の状況と我々個人のライフスタイルも含めて、国際協力というテーマからはもう離れられなくなっていましたね。JVC以後、いろいろ職業的には神奈川女性センターで、女性の問題、ジェンダーの問題をやったり、私立の大学で3年ほど教鞭を取ったりしましたけど、やはり、自分の中に流れているテーマは「本物の国際協力」です。
NGOフォーラムの代表になるということ
JVCの理事会とか外務省の審議会委員としてこの30年間の日本のNGOの進歩、変容振りはフォローしていましたが、まさか、こんな大事な仕事(NGOフォーラム代表)を頼まれるとは思いませんでした。
具体的に仕事を始めてみて思うのは、日本のNGOがこのチャンスに1つにまとまったというのは、誰かが号令をかけたわけでもなく、皆、現場の中でアドボカシーの重要性を感じていて、現にそれぞれが個別にアドボカシー活動をしていたわけですけれども、G8を前にして、力を結集しようと自然に同意する団体が140も分野を越えて集まったということです。私のイメージは砂場で磁石をこうやると砂鉄が繋がってきますよね、ああいう感じです。
去年のハイリゲンダムの時に我々、PR資料を作成して持っていったんですが、その時に知り合ったドイツのNGOに聞くと、「今回、日本のNGOがこんなに多数集まるとは考えてもみなかった、非常によくオルガナイズされている」というわけです。しかし、ドイツではいろいろな考え方の違いで1つにまとまることができなかったのだそうです。それで、次にG8でなくても何かの機会に日本のNGOが総力をあげてということがあるかもしれないけれども、今後日本のNGOが成長していくと、逆に一緒になれない可能性が出るかもしれません。
アドボカシーチームが成長してきている
私はしばらくNGOから離れていて今回、1年半ほど係らせていただいたわけですが、それぞれのNGOが個々のカウンターパートナーを世界にもっています。そのネットワークはすごいなと思いますね。いままでそれが分からなかった。例えば、京都Civil G8対話にどこから誰を呼ぶかと。優先順位を決めるとですね、振るい落とさないといけないほどたくさんあるわけですよ。
環境ユニットに属するNGOのなかには、昨年はメルケル首相に呼ばれ2006年にはプーチンにも招かれていて、「Civil G8対話」やサミット直前の首相を囲む会議に参加したスタッフもいるわけですね。その他の分野からも複数回G8に参加しています。ここで生まれるネットワークもあります。どこの国を代表してきたNGOか、どういう主張をしているとか、この関係は、蜘蛛の巣みたいにひろがっていき、やっと日本のNGOも提言活動分野においても弾みを創っていくんじゃないかという気がしますね。
JVCのスタンス
今回、JVCは外務省との交渉ごとをする時は、なあなあにならない。反対意見ははっきり言いながらJVCの存在なしには動かない部分を外務省にも納得させるというやり方を通してきたと思います。そして、お金の流れも、使っていいお金は大いに使って仕事をするというように、上手にやってきたほうだと思うんですね。
中には、外務省他関係省庁に背中を向けて全面反発しているNGOもあれば、逆に、すべておんぶにだっこというところもある。その意味でJVCはきちんと一線を守って、友好的な話し合いもできるし、主張もまげないと。それがNGO全体でできるか。今回、1年半の間に、G8シェルパとの話し合いを定期的にやって欲しいと要望したわけですが、政府は初めはっきりした計画はなかったようでした。けれどもシェルパ・サブシェルパとの対話を初めとして、「Civil G8対話」も4月に京都で実施し、20カ国から参集したNGOの代表者たちの声を直接各国のシェルパに伝えることができました。
でも5月のTICADに入れる日本のNGOの人数は最初3人と言われ、それが6人になり、9人になり。そういう緊張感をもちながらも仕事をしていくと。私が直接、係っていた時代より、皆、力をつけていると感じましたね。
NGOのアドボカシーの影響について
NGOの活動はG8サミットに影響を与えられるか。影響はあります。何%NGOの提言の成果であるかの線引きはできないんですが。G8を北海道でやりますから、アイヌの問題、先住民族のことですね。先ほど申し上げた京都での対話集会で現在、タイに常駐しているフィリピンの少数民族の女性が強力でね、「先住民族認めないのは何事だ」と。あの直後からこの問題が動き出しました。まだ決定ではないんですがG8サミットでそれを認めることになれば、私達が与えたプレッシャーも多少、影響しているかなと思います。そこは数値で表明できないけれども、やってきたことがある程度、効果が上がりつつあると思います。
今回参加したNGOはその団体独自の仕事も抱えながらG8サミットNGOフォーラムのため素晴らしい活動をして、みな合格点に達していたと思います。でも、NGOは市民社会の一部でしかないんですね。普段は国際的なことは何も考えないお父さん、お母さん、それを含めてNGOが政府に対して提言をしていくべきでしょう。そこがないとNGOがいかに頑張ってもあまり意味がないと私は思っています。で、先住民族の問題にしろ、気候変動の問題にしろ、我われが予想していたよりも日本がいい方針を出して、NGOがした提言が意味を持ったという結果を導き出すよう残り少ない日々で力を尽くしたいです。そこが重要だと思います。
NGOフォーラムは非暴力
NGOの中にもいろいろな動きがあります。私達だってG8サミットという存在自身、おかしいと思うわけです。地球全体にとってこんなに重要な諸項目を国連を通さないで決めてしまうというのはね。だけども、法を守って暴力は行使しないで平和的に提言をしていこうという人たちが141団体集まっっているわけです。これはですね、我われの運営の方針というだけでなく、NGOフォーラムはあくまでも提言活動を中心に行う団体です。もちろん暴力を使った主張には反対しています。しかし、NGOの一部がひょっとすると破壊行為や暴力を使う行為をするかもしれません。マスコミがそこだけ強調して「NGOは怖い」といった印象のみを報道することを心配しています。普通の市民が「NGOの提言活動って、意味があるよね」と思っていただけるような、そんな活動を終始一貫して行いたいのです。
官に対してびびっているわけじゃない。私も神奈川人権センターの理事長をしていた頃は、地方自治体その他との戦いに明け暮れていたんですよ。センターの関係者は人権問題に係ることについては、堂々と自治体の人にも主張していました。だから喧嘩っ早くないわけじゃないわけ。でも、今回は、一般社会がどう思ってくれるか、普通の方たちがNGOを理解した時、初めて「日本社会の市民度が向上した」ということが言えると思うのです。そのことこそ大事にしていきたいと考えています。