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世界

パンドラの箱開けた「キプロス再統一」

田中龍作2004/02/18
成功すればキリスト教徒とイスラム教徒が文明の衝突を克服したことになる。失敗すれば世界情勢まで一気に緊張する。
ギリシャ 平和 WorldNow
 【ファクト】
 30年にわたり、ギリシャ系とトルコ系住民の間で分断が続くキプロス共和国は、EU加盟をてこに再統一に向けて動き始めた。双方の指導者は13日、国連アナン事務総長に最終解決を委ねることで合意した。

 地中海の東端に浮かぶ鹿児島県ほどの面積しかないキプロス島(右地図)は、冷戦時代、西側陣営の戦略要衝だった。そして今は中東政策のためトルコを抱き込もうとする米国と地域統合を目指すEU(欧州連合)の権益がぶつかる。

 成功すればキリスト教徒とイスラム教徒がひとつの国家として、名実ともにヨーロッパの仲間入りをすることになり、文明間衝突の克服となる。

 失敗すればトルコとギリシャの軍事緊張は高まり、米国とEUの関係も悪化する。

 【トルコ系住民保護の名目で軍事進駐、分断が始まる】
 キプロス島には紀元前13世紀ごろからギリシャ系の人々が入植し暮らしていたのだが、16世紀、オスマントルコが征服しトルコ系イスラム教徒が移住してくる。これがただちに現在の紛争にむすびつくわけでなない。

 キプロスは1960年、英国の植民地支配から脱して独立し、「キプロス共和国」となる。ここまでは良かったのだが、初代大統領のマカリオス(ギリシャ系)が63年、憲法を改正してトルコ系住民の権利を大幅に制限しようとしたことから、内戦となる。そこで国連は平和維持軍を駐留させ、武力紛争はとりあえず収まった。

 ところが73年、ギリシャ本国に誕生した軍事政権が反大統領派を後押ししてキプロスでクーデターを起こした。その5日後、トルコ本国はトルコ系住民の保護を名目に軍事進駐した。

 分断の始まりである。島の北側3分の1がトルコ系住民居住区、残る南側がギリシャ系住民居住区となった(右地図)。停戦ラインは国連の緩衝地帯だ。約80万の人口のうちギリシャ系は85%、トルコ系は12%となっており、マジョリティーとマイノリティーの差は歴然としている。

 83年にはトルコ系住民が「北キプロス・トルコ共和国」として勝手に独立を宣言した。国家としてこれを承認しているのは、世界中でトルコ本国だけである。

 【文明間の厳しい対立】
 トルコの軍事進駐(73年)による分断から30年にわたって国連が平和再統一への仲介を進めてきたが、ほとんど進展がなかった。

 理由をまとめると−−
 マイノリティーのトルコ系住民側にしてみれば、マジョリティーのギリシャ系に呑み込まれるのではないかという不安で一杯だ。ギリシャ系住民側には、経済水準が格段に落ちる北側とは一緒になりたくないという事情がある。内戦で家族・肉親を殺された双方の遺恨もある。なによりキリスト教(ギリシャ系)とイスラム教(トルコ系)という相容れ難い文明の違いが大きい。

 【EUに加盟したい一心のトルコを米国がつつく】
 膠着していた再統一交渉だが、キプロス共和国のEU加盟が目前(5月1日)に迫ったことで動き始めた。再統一できなければ現在のキプロス共和国(南側・ギリシャ系)だけで加盟することになる。北キプロス・トルコ共和国は置き去りにされるわけだ。

 これにはトルコ本国が焦った。前身のEC時代(60年代)からトルコの悲願だったEU加盟の道は閉ざされる。米国はここに目を着けた。パウエル国務長官がEUに加盟したい一心のトルコ本国を突付き、北キプロスの指導者デンクタス大統領を説得させたといわれている。30年間、暗礁に乗り上げていた再統一交渉が急転直下、解決に向けて動き始めた理由だ。

 中東ににらみを利かせるためトルコの機嫌を損ないたくない米国の思惑も背後にあった。昨年3月の対イラク戦争開戦時にトルコの基地を使えず、米軍はどれほど苦労したことか。

 【トルコがだまされたことになれば、世界情勢まで一気に緊張】
 一見平和ムードに写るが、ヨーロッパとりわけバルカン半島からの見方は厳しい。16世紀から400年近くもオスマントルコに支配されたバルカン半島では、イスラム教徒への対立感情が今なお根強い。つい5〜6年前まで旧ユーゴスラビアで凄惨な民族浄化(エスニッククレンジング)が続いていたことを考えれば、あえて説明するまでもない。

 ギリシャのナショナリスト論客は「ヨーロッパの東南端にもうひとつのボスニアを作った」「トロイの木馬をEUに持ち込むことになる」などと口を極めて罵倒している。

 ボスニアとは旧ユーゴのボスニア・ヘルツェゴビナのことで、90年代中頃にセルビア人指導者によるイスラム教徒の虐殺があった。

 ヨーロッパはキリスト教文明の地である。将来のEU憲法に「キリスト教の遺産について言及するよう」ローマ法王が注文をつけるほどだ。

 なによりEUは米国の一極支配に対抗する色彩が強い。シラク仏大統領あたりは米国寄りの国が加盟することに不快感を隠さない。

 親米でイスラム教国のトルコにとってヨーロッパの敷居は高い。いつまで経ってもEUに加盟できないようなことになれば、北キプロスを取り戻しにかかり、EUやギリシャとの緊張は高まる。EUと米国との関係が悪化することも目に見えている。

 トルコ本国は今回も新加盟候補(10カ国)のリストには載っていないのだが。
パンドラの箱開けた「キプロス再統一」
デザイン:緑川綾子
パンドラの箱開けた「キプロス再統一」
地図作製:緑川綾子
パンドラの箱開けた「キプロス再統一」
地図作製:塩田涼。 北側を承認しているのはトルコだけ。

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