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元従軍「慰安婦」たちが共同生活を送る「ナヌムの家」が主催するワークショップ、“ピースロード”に参加して、どこか他人事だった日本軍「慰安婦」の問題に対して、私の意識が大きく変わったのは、プログラム3日目のことだった。 その日は最初にソウル市内にある西大門刑務所を訪れた。西大門刑務所は、戦時中政治犯として囚われた人たちが実際に収容された場所が、今は博物館として公開されている場所である。そこには、惨い拷問の方法が蝋人形で再現されていたり、拷問で使った道具が展示されていた。 入った瞬間に、恐ろしくて鳥肌が立って、どのように表現して良いのか分からないが、私は早くその場を離れたかった。泣きたいような、叫びたいような、そんな衝動にかられ混乱状態に陥った。再現された牢獄の壁には、ここを訪れた人が書き残したであろう日本に対する悪口が韓国語であちこちに書かれていた。本当にやりきれず、実は皆と離れて、1人で号泣してしまった。 その時、急に1年半前に行った、原爆記念館の記憶がよみがえってきた。あの時も同じように混乱状態に陥ったのだが、しかし今回は少し状況が違う。それはここでは日本が加害者だという点だ。私の心のどこかに、このことが引っかかっていた。 私は西大門刑務所で感じたことを韓国人の子たちと話してみたかったのに、何故だかとても怖くって、何も聞くことができなかった。在日韓国人の子にさえも。 西大門刑務所を後にして、水曜デモに参加した。ハルモニ(おばあさん)たちが、14年もの間、雨の日も雪の日も、毎週欠かさず、日本大使館前で行っているデモだ。この日はとても寒くて、震えながら参加した。参加しながら感じたことは、率直に言って無力感。これをやって本当に意味があるのか?そんな疑問が頭をよぎった。 そしてその夜の討論の時間。3グループに分かれ、討論を行った。テーマは、日本人「慰安婦」を巡る、国家の責任、個人の責任。 私たちのグループでは、日本国家の責任、韓国国家の責任については、「日本政府はきちんと謝罪し賠償すべきだ」とか「韓国政府はハルモニたちのことを広く伝えるべきだ」という話が出たが、いざ個人の責任となるとこれだ!と思える答えがどうしても出てこなかった。 いくつか意見は出たのだが、どうもしっくりこない。自分の中でこの日本軍「慰安婦」問題をどうしていけばよいのか、それを誰もが整理できず、とまどっていた。 そのままグループ討論は終わり、全体討論に入っていった。すると、私のグループにいたある韓国人の男子学生がこんなことを戸惑いながら発言をした。 「こんなに一生懸命に考えている皆の中で、こんなことを言うのは本当に自分が恥ずかしいのだけど……今日の水曜デモに参加して、馬鹿にした様に笑いながら通り過ぎていく通行人を見て、自分もその通行人の1人になりうるような気がして。どこか、自分はこの問題を他人事のように捉えていないか、そんな疑問が生まれてきた」 この言葉は、私の中で何か引っかかった。 その後討論は、日本の教科書問題から、こういった歴史の事実を知らないということは罪なのかという議論に入っていった。その中で、司会者がこんな質問をぶつけてきた。「では、知っているのに無関心というのはどうでしょうか?」 この言葉で、私の中の何かがこみ上げてきた。恥ずかしさと、悔しさと言葉には表せぬ気持ち。それを我慢することができず、私は発言した。 「私は、本当に恥ずかしいんですけど、自分の国家に責任を持っていない日本人の1人です。選挙権を持っているのに、まだほとんど選挙をしたこともありません。今の日本に満足しているわけではないのに……。また、ハルモニたちの問題も知っているのに、何もしていません。8年前から知って、何度かここにも来て……。でも、まだ歴史についてほとんど何も知らないし、行動もしていません。だから、これから自分にできることをもっと考えて、実現したいと思います」 私自身の中でずっと引っかかっていたものが言葉となって形になった瞬間だった。私は日本が行った加害の歴史を、少なからず知る機会があったにもかかわらず、何もしてこなかった。無関心に通り過ぎた通行人は、私自身でもあった。だから、ずっとひっかかったのだ。そしてこの発言をしたことで、私に責任が生じた。日本人として、女性として、地球の一員として。 日本軍「慰安婦」の問題は、日本と韓国の問題だけではない。女性への性暴力の問題でもある。また、日本政府の対応、当時の日本国の問題でもある。そして韓国政府がもっと国家間で交渉しなければならないのに、そのままにしている問題でもある。 これら全ての問題を引き起こしたのは戦争である。戦争は人を人ではなくし、どんな残虐な行為も引き起こしてしまう。もし私が住んでいる所で、戦争が起こったならば、愛する人たちを傷つけられたら、私も惨い行為を行うのではないか。 今も、世界では戦争が行われている。ハルモニたちのような女性がどこかで、助けを求めているかもしれない。私の存在は、世界的な規模で見たら、本当にアリの大きさにも満たない、小さな小さな存在である。しかし、そのアリの集団が国家を形成している。アリも集まれば、大きな力になれると私は信じている。 関連記事:「ナヌムの家」で慰安婦問題と向き合う(上) |