ビルマ(ミャンマー)の僧侶らによる民主化デモに対する軍事政府の武力的鎮圧等の対応について、在日ビルマ人の難民申請等の支援にあたってきた在日ビルマ人難民申請弁護団(団長・伊藤和夫)などは1日、東京都内で会見をひらき、日本政府と国際社会の迅速な対応をもとめた。
NHKニュース(9月27日)より撮影(編集部)
会見の同日、同弁護団は日本の法務省宛てに、(1)在日ビルマ人難民申請者に対する現在のビルマ情勢を考慮した人道的措置、(2)入国管理局に収容中の在日ビルマ人難民申請者に対する仮釈放、を主旨とした要望書を送付した。
同弁護団の事務局長である渡辺彰悟・弁護士は、在日ビルマ人が置かれている難民申請の状況について、「多くの活動家が(難民申請の)不認定になったり、不安定なまま生活を強いられている状況がある。あらためて今の状態を再認識して、ビルマ人の庇護(ひご)を強化すべき」としたうえで、ビルマの民主化を望む活動家は難民申請をしただけで軍政から尋問を受ける監視体制に置かれていると話した。
会見に出席したビルマ人女性(32)の夫は、現在、ビルマで消息を絶っている。夫は日本語が話せるため、民主化デモの様子をデジタルカメラで撮影するなど、日本のジャーナリストの手伝いをしていた。未確認ながら、ビルマで射殺された映像ジャーナリスト、長井健司さんの手伝いをしていた可能性があるという。1988年に民主化闘争に身を投じた夫は、闘争を側面から支援し、たびたび逮捕された。最後に連絡が取れたのは1週間前。女性も活動家で、難民申請中である。
難民認定を受けたミョーミントゥッさん(38)は、1988年の民主化闘争と今回のデモをめぐる状況を比較し、外国人の出入国の増加、通信手段の発達などをあげ、「軍事政権による弾圧は以前と変わらない。長井健司さんが殺されるのを見て、日本の人たちはやっと気づいた」と声をつまらせながら話した。1992年に難民申請、2000年に認定された。
伊藤和子・弁護士が事務局長を務める
ヒューマンライツ・ナウは、9月28日に国連人権理事会へ特別会合の開催をもとめた要請書を提出し、同理事会は同日中に開催を決定。国連の具体的な行動をのぞむ声が高まっているなか、人権監視団の派遣をもとめた。
アムネスティ・インターナショナル日本の寺中誠・事務局長は、日本のビルマに対するODA状況の見直しを主張し、
ヒューマンライツ・ウォッチの土井香苗・弁護士は、天然ガスなどの利権をめぐる日本企業の動向を注視する必要があると話した。
同弁護団の統計によれば、難民申請件数は1992年から1〜15件だったのが1997年には41件にのぼり、2003年に91件、2004年が98件と最多で、2006年には46件と現在は減少傾向にあるが、1992年から比べると全体的に増えている。
また、認定者数は1992年〜1997年が0件で、1998年〜2007年は1〜32件とばらつきがあるものの、日本の難民認定の困難さが見受けられる。同弁護団が扱った15年間の合計は、申請者532件のうち認定者数は131件、在留特別許可数は147件。
9月28日にはNGOなど16団体(1日現在)が
共同声明を出している。ビルマの民主化デモは鎮静しつつあるが、国際世論のほうは武力だけでは鎮静できそうにもない。
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