12月2日、名古屋市で
ヒューマン・ライツ・ナウ・名古屋主催の『今、ビルマで何が起きているのか?』と題する集会が開かれた。報告者は大坂恭子弁護士と日本で難民認定を受けたビルマ人のキンマウンラさん、映像で現地情勢を伝えたアウン・ココラットさんの3氏だった。
主催者を代表して開会の挨拶をする稲森幸一弁護士(正面左側に立つ人。撮影はすべて筆者)
主催者を代表して稲森幸一弁護士による開会挨拶のあと、参加者一人一人が自己紹介をした。大阪や岐阜からの参加も含め30数名が在日ビルマ人の皆さんで、最終的な出席者数は50名以上となり、主催者の予想をはるか超えたという。
まず大坂弁護士が人権NGO ヒューマン・ライツ・ナウの一員として、今回の民主化要求デモに対する大弾圧直前に、ビルマ国境を訪問した際の見聞を話された。参加者の過半数が日本語が分からないビルマ人となったため、急遽、ビルマ語での同時通訳が配慮された。
大坂弁護士が訪れたのは、タイのビルマ国境・メソットという町だった。目的は、第1に、ビルマ少数民族の若者たち20人くらいに2年間にわたって法律を教える学校、ビルマ法律家連盟がメソットで運営するロースクールを支援すること。
第2に、ビルマ少数民族の団体と交流することだった。まずパラン族、カレン族の女性に対する人権侵害の話を聞いた。特に悲惨なことでは、夫の留守にビルマ軍兵士に押し入られ暴行を受けても訴える相手がいないこと。難民の長に言っても「黙っているほうがいい」といわれた、と訴える女性がいたこと。珍しくないことだという。
ほかに政治犯として12年間刑務所にいた人と、ビルマ軍兵士から片耳が聞こえなくなる拷問を受けた人、ビルマ人活動家2人から刑務所の実態や日本軍から学んだという拷問の実例を聞いたとの報告(手書き見取り図や拷問の様子を描いた絵が複数、映写された)があった。
正面中央がキンマウンラさん。参加者全員に写真撮影の可否を聞いたところ、後ろ姿だけ、ということで了解を得た。
次いで在日ビルマ人のキンマウンラさんが難民認定を得るまでの体験談を、流暢な日本語で話し、すぐまた同じ内容をビルマ語で話す「1人同時通訳」の報告となった。
――私は1988年、専門学校生のときに、反政府ビラをこっそり町に張ったり、デモの準備をしたりしていた。ある日家に帰る30分前に警察が来た。「もう危ない」ということでバングラデシュを通ってタイへ逃げた。そのときの仲間が2人殺された。ほんとに運がよかった。30分早く帰っていたらもう死んでいた。
タイに2年以上いて、91年の選挙で「もう大丈夫かな」と思って帰ったが、やっぱりダメで、またタイへ逃げた。日本の入国管理事務所はすぐ「正規パスポートを」というけれど、反政府運動家には絶対に出ない。だからブローカーに金を払って偽造パスポートを手に入れるしかない。当時のビルマ入管は反政府運動に好意的だったんです。
92年に偽造パスポートで来日し、入国した。そのあと、不法滞在で警察に捕まってから入管に難民申請をした。その入管で係員にいきなり最初に「あなたの難民申請は絶対に認めない」と言われたことが一番ショックで悲しかった。審理もなにもしないでもう結論が出ていてびっくりした。結局、民事での申請が認められなかった。ほんと日本の入管は酷い。
6カ月拘置されて、罰金50万円払って釈放されたあと、ほとんど誰もいなかったのに、引き受けてくれる弁護士や、支援してくれるお坊さんがいて裁判を起こした。1審で難民申請が認められたが、それまではほんとうに酷い妨害を受けた。日本の入管は難民を人間として扱わない。面と向かって国を捨てろ、宗教を捨てろ、という。日本人は無宗教だからいいという。私たちにとって宗教はいのちと同じくらい大切です。
人権侵害の酷さは勝手に調書を作ったり、会社へ何度も来て同僚にいろいろ言ったり、信仰するイスラム教の礼拝に行ったとき、私が一緒にいる写真を撮って、それをいろいろな人に「テロリスト」扱いして見せて、人間関係をズタズタにした。
日本に行けばなんとかなると思って必死の思いでやってきたが、ビルマで受けた人権侵害と同じことを日本の入管から受けた。この人権侵害の酷さはビルマと変わらないものだった。マスコミのインタビューで「ビルマの軍隊と日本の警察とどちらが怖いか」と聞かれたことがある。「日本の入管が一番怖い」と答えたことがあるくらい、ほんとうに酷い。
2審でも勝訴して日本で初めてジュネーブ条約に基づくビルマ人難民と認定された。判決の5日後に特別在留許可を得た。私の後に申請して1審、2審と勝訴してもまだ1年以上保留のままの人たちがいる。日本の難民に対する対応は国際的に最低のレベルにある。これは世界中に知れ渡っている。
これから難民申請する人たちも、私と同じようにつらい、苦しい、ひどい思いをするようになると思う。でもがんばってほしい。きっと認められると思う。そして最後にひとつ。私たちは経済難民ではないということを、特に日本の人たちに伝えたい――。
ビルマの現状をビデオで説明するアウン・ココラットさん(正面右端)。難民申請中という参加者も6人ほど。
集会後の懇親会で、大坂弁護士、キンマウンラさんのお2人に、メモした発言のチェックをお願いし、更に詳しい話もきいた。
キンマウンラさんの本音の話 日本へきて15年。一層懸命働いてきたが難民の地位は本当に低い。仕事もない。フィリピン人の奥さんの国に行きたくても、無国籍だからとビザが下りない。貯金も20万円もない。なんとか生きてはいける。でもそれだけではない、生きるってことは……。今すぐ、明日にでも祖国に帰りたい。でも帰れない。祖国さえ民主化したら、それが夢です。
記者の感想
記者よりうまい日本語で、目をまっすぐ見て話してくれた。あふれる自由と豊かさのなかで、のんべんだらりと生きている自分が「いかに恵まれた環境にいるか」を実感させられた。ほかにもいっぱいそんな国がある! でも、ビルマのことも忘れないでいたい。
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