3月1日、銀座の中小企業会館会議室で、パキスタンで地震の復興支援活動などに取り組むNPO法人、日パ・ウェルフェアー・アソシエーション(略称:NWA)の報告会が開催されました(写真1)。報告したのは督永忠子さん。30年間パキスタンで、女性の自立支援やアフガン難民の支援、さらに、2005年10月8日に発生したパキスタン大地震の支援などに取り組んでいる女性です。筆者はこの団体にかつてはボランティアとして、今は会員として関わっています。
写真1.講演する督永忠子さん。
日本の報道では、パキスタンの政治の混迷と、それに起因するテロなどによる極度の治安の悪化ばかりが注目されています。ややもすると、2年ほど前にこの地で大地震が起こったことすら忘れられがちです。ところが、督永さんの報告によれば、現在でも100万人ともいわれる人たちが、難民としてテント生活を強いられているということでした。
写真2は、震源地に近いバラコットの現在の風景です。かつては主に2階建てのお店の並ぶバザールだったそうですが、地震で壊滅的な被害を受けた後、現在はなんとかこうしたバラックの商店が戻っています。一方、その後方の岡には白い家々がありますが、これは国際支援などで建設されたものだそうです。ところが、この立派な家に住んでいる人はほとんどいないというのです。パキスタンでも特にこうした地方では、一族が大家族として一緒に住む習慣があるのですが、そのためには小さすぎるというのが理由です。現地に足場のない支援の典型といえます。
写真2.バラコットの現在の町並み(写真提供:NWA)。
それでも、バラコットの町は国内外の支援があるだけまだましかもしれません。山岳地帯には政府の支援すら届かない場所があり、そういった場所こそが、NWAのような民間支援の活躍の場だと督永さんは力説しました。写真3はNWAが支援を行っているヌーリー村に完成したコミュニティセンターです。このコミュニティセンターは昼間は学校、夜間は集会場などとして利用されています。
写真3.断崖にたつヌーリー村のコミュニティセンター(写真提供:NWA)。
写真でも分かるように、ヌーリー村は深い山の中にあります。村に行くためには、自動車で行ける場所から、さらに3時間ほど山道を歩かなければならないということでした。もっとも、現地の人は1時間ほどで上ってしまうとのことです。こうした場所で、現地の人を作業員として雇用しながら、地道な支援を続けているそうです。
NWAは、この種の支援団体としては、非常に少ない運営資金で動いていますが、それでも財政難が当面の課題です。地震の直後には数日で数百万円という寄付が集まったものが、昨年は1年間で21万円に過ぎないという状況です。私が以前、あるイベントで、NWAのブースで売り子をしていたとき、とある労組の役員の方(要するに、ある程度社会意識のある方)が来て、「今はちゃんとイラク支援をやらなくちゃだめじゃないか!」と叱られたことがありました。おそらく、その人が異常だったというわけではなく、日本の、特に報道のあり方が偏りがちなため、そういうことも起こったのだろうと思います。
幸い現地の治安は、今は日本で報道されているほどでたらめな状況ではないそうで、秋には現地スタディツアーも企画されています。こうした活動をきっかけに、パキスタンに対する注目が集まれば、まだまだ継続した支援も可能になるだろうと思います。
関連サイト:
・
NPO法人 日パ・ウェルフェアー・アソシエーション
・
おばはんからの気まぐれブログ
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