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今年8月に横須賀基地に入港、停泊予定の米海軍原子力空母ジョージ・ワシントンは、高濃度のウランを燃料とした、いわば「海に浮かぶ原子炉」だ。原子力で蒸気をつくってタービンを回し、発電をするのが原発、航海するのが原子力空母だ。 停泊中は原子炉を停止するとしているが、その間も原子炉の冷却は続けなければならず、仮に地震などの災害や事故などで冷却できなくなれば、炉心溶解などにつながり大惨事にもなりかねない。この場合、その被害は首都圏全体を覆いつくし、多数の死者を伴い、チェルノブイリのように数世紀もの間、広範囲が人の住めなくなる土地へと変貌しかねない。首都圏に住む者として、そんなことは許せない。 米海軍は、空母の原子炉の構造は軍事機密として公開しないくせに「安全だ」と言い張る。まったく日本国民を舐めた話だ。 そんなことを考えながら、何気なしにアメリカ映画を観ていたある日、思いついたことがあった。映画は良かったのだが、この同じ映画を作った国が、我が国の首都に「第3の原爆」を持ち込もうとしていると考えると腹だたしくて仕方ない。そのせいか、映画が楽しめず途中で見るのをやめてしまった。 また、アメリカをイメージするものすべてが憎らしくて仕方なくなった。筆者は、かつてアメリカの大学に留学した経験があるが、それでも、原子力空母を自国の戦略のため、無神経に持ち込む「軍事大国アメリカ」を思うと、それだけでイヤな気になった。もちろん、そんなことを堂々と受け入れた日本国政府も不甲斐なく腹だたしい。 何かできることはないかと思った。横須賀では、住民投票実現のため署名運動が行われている。また、空母が停泊するための港湾設備の浚渫工事の差し止め訴訟も行われている。だが、そんなことですでに両国政府間で決まったことを覆せるかというと、容易ではないだろう。 しかし、個人で、しかもより多くの人々を巻き込んで出来る運動があると思う。それは、アメリカ製品の不買運動だ。もちろん、日々、我々の生活にアメリカ製品は溢れている。だが、出来る限り買わないようにするのだ。私は、さっそくアメリカ映画を一切観ないことにした。アメリカ資本の銀行(新生銀行)から預金を引き出し、保険(アフラック)を解約、もちろん、ファストフード(マクドナルド)やファミリーレストラン(デニーズ)、娯楽施設(ディズニーランド)を利用しないなど、できるものからやっていこうと思う。 中には、単に著作権のみを借りて日本資本でやっている企業もあるが、アメリカを想起させるという意味で、これもボイコットの対象とするのだ。こんな提案をすると、「政治や軍事に商業を取り混ぜて感情的だ」と非難されるかも知れないが、このような方法で、市民が意志を示さない限り、こんな緊急事態は変えられないのではないか。日中戦争当時、アメリカ人の間では日本の中国侵略に抗議する意味で日本製品のボイコット運動などが行われたのと同じである。 ご存じの通り、どの製品を買うか買わないかは個人の自由なのである。それにアメリカにとって日本は軍事以上に経済的な関係で重要なのである。かなり依存しているとも言っていい。おまけに日本政府は駐留費用を「思いやり予算」と称して支払っている。 また、次のことも提唱したい。今度の原子力空母母港化で不安により精神的苦痛を強いられるということを理由に、米海軍など関連機関を市民が訴えるのだ。訴訟に勝つかどうかは問題ではない。そういうアクションを市民の側から起こしていることを見せつけるためである。不買運動も多くの市民、国民が賛同していることが認知されれば、ほうっておけなくなる。そんな不買運動のサークルを象徴的に作るべきだ。政府が駄目なら、市民一人一人の力が糧となるかもしれない。 すでに冷戦は終わり、米軍の駐留は、かつてほど安全保障上の意義はないと思う。最近では、アメリカのイラク侵攻に利用されているだけである。十分、交渉の余地はある。私たちは、政府にも思いやり予算の凍結などを働きかけるべきだ。 それでも多くの日本人は無関心でいたが、さすがに自国の首都が放射能の脅威にさらされるかもしれないと考えると、いてもたってもいられなくなるのではないか。日本を守るはずの同盟国軍に国を滅ぼされかねない。実に屈辱的だ。実際のところ、今回の原子力空母母港化において、米政府も日本国民の感情の問題を恐れていたといわれる。他の空母の名称では原爆を想起させかねないから、「ジョージ・ワシントン」が選ばれたともいわれる。 しかし、私は米国留学中、黒人のアメリカ人からこんなことを言われた。「ワシントンは自由を唱えながら自らは奴隷を所有していた偽善者だ」と。そんな見方もある。今度のジョージ・ワシントンも退役予定の通常艦キティ・ホークも「自由」の名を借りた偽善の侵略戦争に駆り出されている。もうアメリカにやすやすと基地を貸すのはやめよう。そのためにも、自国の防衛は自国の力で担っていく方向性を確立していくべき時ではないのか。 政府を不甲斐ないと言う前に、一人一人が考え、行動を起こし、それによって政治や外交の方針を変えていくことをしていくべき時だろう。 ◇ ◇ ◇
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