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インドネシア、東ティモール両政府が和解に向けて共同設立した「真実と友好委員会」は7月15日、両国の大統領に最終報告書を提出した。最終報告書の焦点は、1999年8月に東ティモールで起きた独立をめぐる住民弾圧事件。インドネシア併合派民兵の略奪、破壊行為で1000人以上が死亡したとされ、インドネシア国軍の組織的な関与を認めるかどうかが報告書の焦点となっていた。 グスマン首相「インドネシアと友好不可欠」 最終報告書は「インドネシア国軍は、東ティモールで重大な人権侵害に深くかかわった併合派民兵に、武器や資金を組織的に供給した。さらに、国軍兵士が共同作戦を実施したほか、国軍の基地を不法に拘留場所として利用。(住民に対する)虐待や性的暴行も行った」と認定。一方で、独立派が組織的に(インドネシアとの併合派住民を)不法拘留した責任も認めた(じゃかるた新聞7月15日)。 インドネシア、東ティモール両政府は、最終報告書を承認。しかし、インドネシアのユドヨノ大統領は「(東ティモールに)多大な犠牲者と物質的損害をもたらした過去のできごとに対し、深い遺憾の意を表明する」と述べるにとどめ、「謝罪」の言葉は使わなかった(ジャカルタ・ポスト紙7月17日)。一方、東ティモールのシャナナ・グスマン首相(前大統領)は、地元メディアに対し「ユドヨノ大統領は謝罪したよ。謝罪と遺憾のどこが違うんだ? どう測るんだ?」と話したという(シドニー・モーニング・ヘラルド誌7月16日号掲載のロイター電)。東ティモールの独立ゲリラ闘争のリーダーで、インドネシア国軍に拘束され、ジャカルタの刑務所での服役経験も持つグスマン首相だが「東ティモール再建に、インドネシアとの友好関係は不可欠」との立場を取っている。 2005年8月に設立された「真実と友好委員会」は、これまでにインドネシア、東ティモール双方で公聴会を重ね、犠牲者や家族、加害者と疑われる人々への尋問を行ってきた。しかし、公聴会への出席は任意で、住民弾圧発生当時にインドネシア政権トップの座にいたハビビ元大統領は、公の場での証言を拒否。聞き取りは非公開で行われた(ジャカルタ・ポスト紙2007年3月26日)。当時のインドネシア国軍司令官、ウィラント氏は「国軍は政府の決定に従い、(東ティモールの)治安維持にあたっていた。(住民弾圧には)まったく責任がない」と表明した(ジャカルタ・ポスト紙2007年5月7日)。同委員会は設立当初から「関係者を訴追しない」方針を取ったため、国連も調査への協力を拒否してきた。 東ティモール インドネシアの「悩みの種」 16世紀以降、ポルトガルの植民地として統治されてきた東ティモールは、バリ島からパプアへ東西に連なる群島の一つ、ティモール島の東半分に位置する。1974年、宗主国・ポルトガルでクーデターにより左翼政権が誕生。植民地の解放が打ち出されたことから、独立をめぐる対立が激化した。東ティモールに左翼政権が誕生することを危惧したインドネシアは、1975年に東ティモール全域を武力制圧。翌76年に併合を宣言した。しかし、山間部に逃げ込んだゲリラが独立闘争を続行。1999年8月に実施された住民投票で、インドネシアからの事実上の独立が選択された。これに対し、併合派は「住民投票で不正が行われた」と主張。インドネシア国軍の支援を受け、民兵を使って東ティモール全域で略奪や破壊を繰り返した。 筆者は事件から2年後の2001年、東ティモールを訪れたが、 街のいたるところに焼けただれた建物が残っていた。市街地だけでなく、山あいの道路沿いに点在する民家にも、軒並み火が放たれた跡が残り、併合派の恨みの深さをうかがわせた。 1975年の併合以来、東ティモールはインドネシアにとって国際社会の批判を招く「悩みの種」だった。併合を強行したスハルト大統領が1998年に退陣すると、政治的混乱の中、後継のハビビ大統領が東ティモールでの住民投票実施を決断。ハビビ大統領は「住民投票ではインドネシアへの併合派が勝つ」と踏んでいた(「ハビビ回想録」より)が、住民の8割が独立を選択した。しかし、独立で「悩みの種」が消えることはなく、住民投票に伴う騒乱がさらに国際社会のインドネシア批判を招く要因となった。 個人的な責任追及を放棄 今回の最終報告書は、「両国のよりよい未来を築くため、人権侵害容疑者に対する個人的な責任追及を放棄」した。同委員会の東ティモール代表のディオニシオ氏は「古い傷を癒し、和解し、同様の事件が繰り返さないため、事実の究明は行われる」と述べた(コンパス紙7月16日)。インドネシアのハッサン外相が語るように、両政府は「これで問題は終わった」としたいのだろう。これに対し、国内外の人権団体は「インドネシア国軍の組織的関与と責任を認めたことなど、評価できる点もある」としながらも、「個人的な責任追及が国際刑法の基本原則で、和解への不可欠な要素だ」と主張している(「真実と和解委員会報告書に関するNGO声明」7月15日)。 インドネシアにおける東ティモール報道は、実はあまり多くなく、多少の偏向を感じる。東ティモール問題でインドネシア側は「プライドを傷つけられた」と感じているのだろうか、ことさら事実を矮小化しようとする傾向がみられる。今回の最終報告書に関する報道も、英字紙のジャカルタ・ポスト紙を除いて、突っ込んだものはなかった。多くのインドネシア人も「東ティモール紛争は過去のこと」と考えているようだ。 |